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プロローグ
昔から俺の幼馴染は色んな意味で「変」だった。
ぼーっとしてると思ったら急に何かを閃いたように書き出すし、奇妙な動物の絵を可愛いと言い出すし、遊ぼうと誘ったら昼ドラごっこやらされるし。
とにかく「変」だった。
だから彼女は目立った。
幼稚園に入る前から中学校までずっと同じ。そんな中、彼女は幼稚園の頃から「変」だった。
そんな彼女とはみんな距離を置いていたし、俺も隣にいるのが段々恥ずかしくなってきて小3くらいで距離を置き始めた。
彼女は「変」だった。でもとにかく「天才」だった。
足はやたら早いし、球技だってボールを持てば必ず点が入る。
絵だって写真かと思うくらい、いや、写真より精密に表された景色。誰もが欲しいと思う絵を30分もあれば描き出す。
勉強だって問題を間違えたことがないんじゃないかと思うくらい正解するし、迷いもしない。
そんな才能の中でも飛び抜けて凄かったのがピアノ。
本当に凄かった。まだ7歳だった頃、彼女は「亡き王女のためのパヴァーヌ」を聞かせてくれた。
今思えばそれを弾くだけで凄いのだが彼女の弾いたピアノには世界があった。
幻の世界。小さな少女、いや、王女が宮廷で彼女のピアノに合わせて踊っている。
彼女を「天才」と言わずなんというのだろう。
きっとコンクールに出ていたら彼女はきっと若くして天才ピアニストと名を馳せていた。
しかしそれを彼女は拒んだ。
理由は人のために弾くピアノなど自分には必要ないからだと言った。
やっぱり彼女は「変」だ。
でも、確かに「天才」だった。
高校は別々になり、彼女は勉強も出来るので有名な進学校へ。俺は家から近い普通の高校へ。
顔も見なくなった幼馴染。
少しあの「変な天才」がどうなったのかが気になった。
だから彼女の家へ足を運んだ。
まるでおとぎ話に出てくるような、大きな洋館。
でも小さい頃何度も訪れていたので緊張なんてしない。
まぁ、それも距離を置き始める前までだが。
大きな門に着いているインターフォンに人差し指を持っていく。
あまりにも久しぶりだからだろうか、少し緊張してきた気がする。さっきまで何ともなかったのに。
大きく息を吸い体に酸素を回す。
そして人差し指をグッと押す。
彼女はどうなっているのだろうか。
自分の中の好奇心が騒いでいるのが分かる。
「パンパカパーン!やぁ!久しぶり。君、ちょっと遅いんじゃないの〜?」
「はっ?」
やはり彼女は予想外だ。
さっきまで人の気配なんて微塵も無かった隣にまるで待ちくたびれたと言うように隣にいるのだから。
「え、さっきまで」
「ずっと居たよ?君の隣に」
「はぁ?気配無かったんだけど」
「そりゃ消してたしね。それより君に手伝って貰おうと思ってたことがあったんだよね〜」
「消してた?意味わかんねぇ」
「分かっても分からなくてもいいでしょ」
こっちは混乱しているのにお構い無しにニコニコと笑いながら話しかけてくる。
「とりあえず中に入って」
「人の話を……はぁ」
「諦めも時には大事って分かったようだね、よしよし!さて、こっちだよ!」
いつもの表情豊かな癖して何を考えているのか掴めない笑み。意図的なのか無意識なのか。それすらも分からない。
やはり「変」だ。
「ささ、着いたよ。ちょっと聞いて欲しいのがあって」
そうして連れてこられたのはピアノ室。
ガラス張りの部屋には大きなグランドクリスタルピアノが置かれている。
キラキラと夕日が差してきて眩しい。
「聞いて欲しいものって?」
「今から弾く。隣で聞いて」
腕を引っ張られピアノの隣に立たせられる。
どうやら説明する気は無いようで椅子に座ってピアノを開けている。
そして手を滑らせた。
湖だ。
こんなにも透き通った湖がこの世にあるのか。少し覗いてみれば神々の麗しい姿を目にすることが出来るだろう。
桜だ。
美しい桜の下には死体が埋まっている。そういうのならば、この桜の下には全ての生物の死体が埋まっているのではないか。
芝生だ。
食べたくなるほど青々と生い茂った芝生。踏んでもいいのか躊躇い……いや、罪悪感すら感じる。
空だ。
これは__________
いつの間にか全ては消えていた。
それで分かった。
これは彼女のピアノの世界だったのだと。
「……今のは」
「別に感想とかはいいよ。顔見ればわかるから」
「……あぁ」
こんな世界を平然とした顔で作れる彼女はやはり天才。
これ意外になんと表したらいいのか分からない。
「この曲、なんて曲?」
「ん?あぁ、これ私が作ったやつ。」
「え、は?!」
「そんな驚く?あ、でさ。君にはこれの楽譜を一緒に探して欲しい」
作った?確かに初めて聞く曲だとは思った。
楽譜を探す?覚えているならまた書けばいい。なんで俺が探す?
そういえばさっき門の前で彼女は俺を遅いと言った。
俺を待っていた?何のために?
「なんで俺が」
「理由は簡単、君がここに来たからだ。私と会って楽譜を探すお手伝いをする。それをすることに意味がある。」
「……やっぱ意味わかんねぇ」
「意味わからない方が人生楽しいよ。人間は意味を求めて初めて本能が生まれる。さて、具体的な話に移ろう」
「……どんな楽譜だ」
「ガラスの靴に入ってるよ。枚数は4枚。手書きだ」
「ガラスの靴……?」
「うん。因みに期間は11ヶ月。今が4月3日だから3月3日まで」
「なんで期間なんて」
「だって縛り付ける訳にはいかないからね」
正直やっぱり彼女はよく分からない。
分からないまま、1度距離を置いた「変な天才」との交流が再スタートした。
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