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「ええ、キンモクセイです。ほら……」
彼女は、オレンジ色の花を咲かせた木に歩み寄り、その幹を愛おしそうに撫でる。
「……樹皮が犀の足みたいにザラザラしているでしょう? 薄黄色の花を見て昔の人は『金色』と思ったようで、だから『金の木の犀』と書いて金木犀と呼ぶのですわ」
「ああ、なるほど……」
彼女を真似して、私もキンモクセイの木に近づいて触れてみる。
確かにザラッとした手応えだ。今まで木の幹の感触なんて気にしたことはなく「どんな木でも、こんな手触りではないのか?」とも思ってしまうが、それを言うべき場面でないことくらい、きちんと弁えていた。
近づいたことで、最初に感じた甘い匂いも強くなっていた。
なるほど、キンモクセイといえば、芳香剤などに「キンモクセイの香り」と書かれているのを何度も見たことがある。
これが本物のキンモクセイの香りなのだろう。
「素敵な香りですね」
「そうでしょう?」
こちらを向いて、にっこりする女性。
同じキンモクセイの木に触れるほど、私と彼女は近い距離に立っている。キンモクセイの花の匂いに混じって、彼女の方からも心地よい香りが漂ってきているのを、私ははっきりと意識していた。
交わした言葉はそれだけだったが、彼女の存在は、私の心に強く焼きついてしまった。
それから数日もしないうちに、同じ神社へ足を運んだほどだ。人気のない神社であり、一人でキンモクセイを眺めていると……。
「またお会いしましたわね」
最初の日と同じように、後ろからの声。
振り返れば、同じく薄黄色のワンピースを着た彼女が立っていた。
「やっぱり、キンモクセイがお好きなようですね」
と言って微笑む彼女を見るだけで、私は胸が温かい気持ちで満たされるのだった。
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