金木犀の花の精

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     それからもあの神社へ行く度に、キンモクセイの前で彼女に声をかけられた。  ただし一言か二言、挨拶程度だけ。少し意味のある話になるとしても、キンモクセイについてだった。私の方では、互いのプライベートについて話したい気持ちもあったけれど、会話の糸口すら生まれなかった。  いつも彼女は、同じ薄黄色のワンピースだった。そういえば最初の日、私はキンモクセイを見てオレンジ色と思ってしまったが、彼女は薄黄色の花だと言っていた。もしかすると、彼女の服装はキンモクセイをイメージしていたのかもしれない。  美しく良い香りの花とぴったり重なって、まるで金木犀(キンモクセイ)の花の精だ。  いつしか私は、彼女のことを、心の中で『キンモクセイの女性(ひと)』と呼ぶようになっていた。  大学は高校までと違ってクラスという集団意識は希薄であり、その影響だろうか、学部では親しい友人は作れなかった。サークルにも属していないため、課外活動から生まれる友人関係も存在しない。だから私は、恋人どころか、女性と知り合う機会すらないような大学生活を過ごしていた。  そんな私にとって『キンモクセイの女性(ひと)』が特別な存在になってしまうのは、当然の出来事だったに違いない。名前も知らぬ女性に憧れ続けたのが、私の青春時代だったのだ。  キンモクセイの開花シーズンが終わると、彼女は姿を現さなくなったが……。翌年の秋には、また同じ場所で声をかけられた。 「今年もお会いしましたね」  そう言って微笑む彼女は、一年前と全く変わっていなかった。  だから私は、大学を卒業するまで毎年、秋には同じ神社に通う形になるのだった。    
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