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15
あの日飛び降りたビルの屋上だ。ああ。やっとあの世に成仏する時が来たんだ。えっと、飛び降りた場所は何処だったかな。
陽が落ちかけた屋上の辺り一面、目を凝らして見渡すけれど、飛び降りた場所に心当たりがつかめない。
と、急に右腕を後ろから引っ張られて振り向くと、汗だくの悠真の顔があった。
「えっ、どうしてここに来られたの?」
「必死にお前の姿追いかけて来たんだろっ」
悠真はハアハアと息を切らして、膝を折って苦しそうに身をかがめた。
「まだ私の事見えるの?」
「何言ってるんだよ」
「でも……」
ちょうど屋上の柵を越えようとしている、よく知っている制服姿の女子高生の姿を見つけることができた。
ほら、あそこで私が飛び降りようとしている。
一瞬、沈みゆく夕日の光が柵の上の少女の姿をとらえた。その姿は私よりも背が高く、スレンダーで、見慣れた綺麗なストレートの長い髪をしていた。
「美樹っ⁉」
私は叫びながら彼女の元へと移り、思いっきり彼女の腰のあたりにしがみついた。
「なによっ、離してよっ」
「美樹、止めて! どうしてこんなことっ」
今の状態の私が美樹の身体をつかめたこと、美樹と話が通じていることの不自然さを気にする余裕もなく、私は必死に彼女の行動を止めていた。
「なによ、莉奈。あんたなんかに何が分かるの!」
「分からないよっ。私だって、自分が飛び降りたこと分かっていなかったんだから」
「私はいつだって道具扱いなのっ」
「いい点数をとればいい道具。ピアノをキレイに弾けばいい道具。母にとって都合のいい娘っていう道具。あんたにとってもいい友人としての道具!」
そう泣き叫ぶ美樹の姿は、悠真に向かって叫んでいる時の私の姿と重なって見えた。
「そんな風に思ってたなんて。もっと早く言ってくれればいいのに」
「言えないっ。言えるわけない。完ぺきな莉奈なんかに」
私たちが叫びあいながら柵でバランスを崩したところ、駆け寄ってきた悠真の力と、きっと次元の歪みの力も重なって、柵の内側へとゆっくりと身を崩した。ビルの屋上の地面がクッションのように柔らかくほんのり暖かく感じた。そして、私たちふたりは互いに抱き合いながら一緒に泣きわめいていた。
すっかり陽は落ちていた。美樹と抱き合いながら、私はまた次元の歪みの流れが近づいてくるのを感じていた。でも、今度は少しの不安も感じない。やけに心の中は静かだった。さっきの炎の中のお母さんの姿が、ただぼんやりと思い出された。
抱き合っているはずの美樹の身体が、私の腕の中から徐々に薄くなって消えていく。
「ねぇ、美樹、今度二人でゆっくり話しよう?」
美樹の返事は聞けなかった。小さな子供のように泣きじゃくりながら静かに姿を消していった。
「莉奈、おまえ大丈夫かよ」
気がつくと、今まで抱きかかえていた美樹のように、私は悠真の腕の中に、すっぽりと包まれていた。
ああ。安心する。
「でも、私ももう行かなきゃ」
安心しているはずなのに、涙が溢れ出てくる。
「なあ、おまえ、自分が何で死ななきゃならなかったのか分かったのか?」
「分からないよ。でも、消える前に戻ってみんなとちゃんと話をしなきゃ。」
「おまえ、また……」
ぐっと、悠真の腕に強く引き寄せられるのを感じた。
「どうしよっか。おまえが辛かったこと、俺の方が分かっちまったよ」
「えっ?」
「あ~あ。行かせた方がいいんだよなぁ」
左耳の上あたりで、悠真のため息交じりの声がする。
「ホント、今度は大丈夫なのか?」
「不安だけど、大丈夫。もう、一人で大丈夫だから」
「俺、結局なにもしてやれなかったじゃん」
「そんなことないよ。悠真、大切なこと教えてくれたよ?」
「おまえ、頭いいのにバカだよなぁ」
「何、それ!」
あっ!
いきなり大きくなった次元の歪みに引き込まれた。
悠真が分かったっていう私の辛かったこと、聞けなかった。
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