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 男子部と合同に行われる2年の修学旅行、3年に一度の大学園祭は当日も準備も本当に大変だった。1年の時には思いも寄らなかったほどに揉めることも多くて、引き続き学級委員を引き受けたことをこの上なく後悔した。  3年も同じメンバーでのクラスだったけれど、2年目で懲りた私は嫌がる涼に無理やり学級委員の座を押しつけて、こっそり受験勉強に集中することにした。ちょっとズルいかな?と思ったけれど、美樹と小麦にもお願いして、思いっきり涼を持ち上げておいたから、嫌そうに言ってても本心ではまんざらでもない様子だった。部活に力を入れている涼に今まで遠慮して、色々お願いしないようにしていたのだけれど、最近の涼はなんだかとても嬉しそうだ。頼ってもらいたいのかな? 気が強いと思っていたけれど、案外かわいい所もあったんだなぁとちょっと面白く思った。  ある日、涼と美樹と一緒に小麦のスマホの暗証番号を解読してアルバムフォルダを見てみると、私たち3人の隠し撮り写真がたくさん収まっていた。  やっぱり一番怒ったのは涼で、すぐさま小麦への尋問が始まった。 「いやぁ~、3人ともキレイだからぁ」  頭を掻きながら目をそらして言う小麦に、平手打ちを挙げようとする涼の手を私と美樹とで必死に止めた。 「本当っ、ごめんなさいっ。でもHなのとかはちゃんと断ってるから!」 「当り前よっ!」  めったに人が通らない空き教室での尋問だったけれど、クラスメイトの誰かの姿が走っていくのが見えた。  私たち3人は『Hなのは撮ってない』という小麦の言葉を信じることにした。  けれど、自体はそんなに甘くはなくて、小麦が男子部の生徒に女子部の生徒たちの隠し撮り写真を売買しているという噂は、尾ひれをつけてあっという間に広がって行ってしまった。  金銭も絡んでいることから、小麦は生徒指導室に呼ばれて2週間の謹慎処分を出されてしまった。でも、小麦は2週間を過ぎても学校へ来ることはなかった。  私たち3人は、メールや電話をしたけれど、小麦からの返答はなく、自宅にも行ったけれど、玄関先でお母さんにすごく謝られるばかりだった。人通りがないからといって、どうして学校内で話をしてしまったんだろう……。 こんな大事になるとも考えてなかったし、このままでは小麦は高校も卒業できないだろう。私たちはとても悔やんだけれど、これ以上どうすることもできなくて、自分たちの非力さを認めて諦める事しかできなかった。  夏休みに美樹がピアノの発表会に誘ってくれた。いつもの学校の合唱コンクールでの伴奏以外で美樹のピアノを聴くのは初めてだった。  曲目はモーツアルトのキラキラ星変奏曲を短くアレンジしたものだった。とても綺麗な演奏だったけれど、曲目の割には少し寂しそうに私の耳には響いた。  次元の歪みの中で美樹と泣き叫んだこと。私にはとてもリアルに感じたのだけど、美樹は覚えていないのだろうか? こっちに戻ってきてからも、美樹と悩み相談のようなものは結局のところできていなかった。相変わらず美樹はクールでいつも冷静だ。でもあまり人と目をあわせようとしないで、時々何処か遠くを見つめていることが多いことに気がついた。心ここにあらず……といったような。  音大には進まないらしい。でも、シングルマザーで会社を持っているお母さんを支えるために、うちの学校の大学へは進まず、もっとレベルの高い大学を受けるようだった。  私も大学は都内の心理学部のある所を第一志望とし、受験勉強も早めのラストスパートに取り掛かり始めている。目の前に落ちてきた街路樹の一枚の葉の色を見て、時の流れの速さを感じた。葉を落とした風も冷たく、新しいマフラーの事を考えた。今度は珍しくブルー系のチェックのマフラーにしてみようかな。涼と美樹を誘って雑貨屋巡りをしよう。たまには息抜きも必要だよね。でも、あのお気に入りだった赤い毛糸のマフラーはどうしちゃったんだっけ?   次元の歪みでの出来事はだんだん記憶が薄れていっているようだった。 「なんだかとても大事なことがあった気がする」 「このまま私、……のことも忘れてしまうのかな?」 **************  18歳の春。私と美樹は都内の大学の入学を前に、一足先にそれぞれのひとり暮らしの準備に追われていた。  そのまま中高から併設の大学に持ち上がった涼は、春休みの間だけ私たち二人の新居を行ったり来たりしてあれこれ手伝ってくれていた。  美樹とは大学も新居もそう離れてはいなかったけれど、大学のレベルを考えるとこの先も交流を続ける事ができるのかな? とこれからの新生活に不安がよぎり、次から次へと様々な不安が頭の中をよぎっていった。  私、こんなに心配性だったかな? けれど、私はもう後ろを振り向かない。とりあえず1歩でも。1歩が難しければ半分でも前に進めればいい。 失敗して後ろに転んでも、ゆっくり立ち上がってまたそこから進めばいい。みっともないくらい泣きわめく事があっても、いくら頑張ってもうまくいかない事があっても。理解しあえず離れていく別れをいくつ重ねても……。  私は今、この世界に存在してる。  私としてこの世界に存在していることに変わりはない。誰にも勝手に終わらせる権利なんてない。それがたとえ自分でも。 “おまえはちゃんと存在してるんだから”  誰に言われた言葉だっただろう。私は何度も自分に強く言い聞かせた。 『大丈夫、私はちゃんと存在してる』 『大丈夫、私はちゃんと存在してる』 『大丈夫、私はちゃんと~』  心の中で何度もそう繰り返し、不安の種を降ってくる桜の花びらの中へと散りばめた。 **************  知らない顔ばかりの入学式はやっぱり退屈なだけのもので、連日の部屋の片づけに睡眠不足の私は居眠りから逃れるのに必死だった。  入学式は大学の外で行われるため、特に長居をする必要もない。けれど、式の終了と共に建物から門へと流れ出る人混みを少しでも避けたい思いで、庭園自慢というこの建物の外れの大樹をなんとなく眺めながら時間をつぶしていた。  記念に大樹の写真でもと思いカバンからスマホを取り出した瞬間、チャリンと音がして何かが落ちた。 「なんか落としましたよ? って、何これ」  後ろから男の人の声がした。えっ? そんな方に落ちていった? 「あっ、すみません」  何を落としたのかも分かっていなかったけれど、謝りながら声のする方へ振り向くと。 「って、これ俺のじゃん。なんであんたが持ってんの?」  彼の掌には小さい男の子に人気のダレンジャーのキーホルダーがあった。  えっ? 私こんなの持ってた? お、俺のって? 「ほら、弟の字で“ゆーま”って書いてある」  私は訳が分からなかった。激しい混乱から緊張の糸がすっ飛んで、その場にふにゃふにゃと膝を落とした。そして自分がいかに新生活に向けて気をはって過ごしていたか、どんなに疲れが溜まっていたかということにはじめて気が付いた。 「ほら、ちゃんと立てる?」  目の前の男性は、そう言って手を差し出した。  どうもこの声を聞くと、私は身体の力が抜けるみたい。 END
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