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「きゃあ~~~」 「もう5日目だし、いい加減慣れてくれる? ってか、ずっと俺にくっついてるつもり?」 沢野悠真は4.5畳一間のアパートでひとり暮らしをしていた。 進級に響かない程度に高校へ通学し、後はビルの窓ふきや運送業などの肉体労働で自活していた。そしてバイトからこの小さな部屋に帰ってくるなり、汗臭くなったシャツを脱ぎながら、シャワーを浴びるためバスルームへと直行する。 「私だって好きで一緒にいるわけじゃないのよっ。だから脱ぐときは一言言ってくれる?」  どうも霊体となった私は彼に憑りついてしまったみたいだ。離れたくてもどうしてよいかまるで分からない。彼の2.5メートル以上先への自由は奪われてしまったらしい。  一応、トイレの時は彼も一言言ってくれるようにはなったけれど、私の高校は厳格で、男女の交際にはうるさいの。まだ恋人と付き合ったこともなければ、恋愛らしい恋愛も経験ないかもしれない。それに私は一人っ子だし、同年代の従兄もいなければ、幼馴染の男友達なんてものもいない。おまけにお父さんも単身赴任で長い間会っていないし。つまり男性とこんなにずっと一緒にいるなんてことは生れてはじめてのことで……。 「うわぁ~。面倒くさい(くせっ)」  はじめて二人の言葉が重なった。 「だけど…… やっぱりおまえはちょっと他の霊と違うと思う」  そう言う悠真の手が、私の右の二の腕をまたつまんでいる。 「ほら、そこのKさんを見てみろ」  Kさんとは、この町の4丁目のコンビニの前の交差点で交通事故にあった、40代後半の男性の霊である。ちょうど事故にあった瞬間に居合わせた悠真に憑いてきたところ、居心地がよくなってしまい、そのままこの部屋に留まっているらしい。死んだ者らしく痩せ細った青白い顔をしてる。 「普通の霊はこのKさんのように、このように腕をつかもうとしても……」  悠真はそう言いながら、Kさんの腕を何度もつかもうとするのだけれど、まるで手ごたえがない。Kさんも当たり前のことと言うように、ニッコリ微笑んでいる。 「ほら、そこのYさんも」  Yさんは、持病の心臓発作を起こして病院に運ばれる途中に息を引き取った、70才位の女性である。生前より方向音痴だった彼女は、三途の川に行く途中に迷子になり、悠真の部屋に迷い込んでしまったんだって。 「この通り、身体だって通りぬけてしまう」  そう言って、悠真はYさんの身体を通り抜けて行ったり来たりしている。 「身体の透け具合の見え方は彼らと同じなのにおまえときたら……」  悠真は真剣な面持ちで何やら思考を巡らせている。 「莉奈、おまえは本当に死んだ人間なんだろうか?」 「えっ、ど、どういうこと?」  初めて彼が“莉奈”と私の名前を口にしたことに、不覚にもドキッとしてしまった。何とか冷静さを取り繕うと、KさんやYさん以外にも、似た感じのモノたちが、どんどん集まって来ていることに気がついた。 この部屋の状況と共に、私は自分自身の置かれた状況の不明確さに、不安の色を濃くしていった。 どうして彼はこんなにも平然としていられるのだろう。よほど鈍感なのだろうか? 「他の霊のみなさんも不思議がっている。おまえはまだ死んでいないんじゃないか?」  悠真の顔は真剣だった。 「どう考えてもこの肉体の感触は死んだ者のものとは……」  真剣な表情とは裏腹に、悠真の手は私の右の二の腕を何度もモミモミと揉み返していた。初めに抱いていた不安な色が、別の色に変化しているのを感じ出していたころ、ふと彼の真顔の脇で、ある雑誌を指し示す、Kさんの手元の記事が目に入った。 “女性の二の腕の柔らかさで分かる胸の柔らか~” 「変態っ!」  私はKさんから奪った雑誌で悠真の頭を叩くと、彼は倒れながら消えそうな声でつぶやきながら、その場に崩れていった。 「莉奈の本体はまだ何処かにあるはず。探さないと…… きっと本体はもっと……」  バイトで疲れていたのか、悠真はそのまま眠りについてしまった。 どうやら私は生霊に近いらしい。  だけど、腕とはいえやたら触りすぎると思ったら、そんな言い伝え? があるとは知らなかった。本体に戻れるまでの間、こいつとは離れられないらしいんだから、もっと気をつけないとね。 **************
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