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 パンっ! 真っ暗闇の中で、風船か何かが割れるような音を耳にして我に返った。今度は書道部の教室内での風景が目の前にあった。  今の私は一体どういう状態なのだろう。悠真のところに帰ることはもうないのかな。J爺さんは次元の歪みって言ってたっけ? まるで次元の歪みの中で迷子になってしまったかのようだ。  書道部の教室という事は、放課後の部活動の日。月水金、私と小麦は書道部の活動に参加していた。涼はバレー部、美樹は塾とピアノのレッスンが忙しいので部活には入っていない。  小麦とは、中等部時代の文化祭実行委員会で同じチームになって以来、なんとなく一緒にいる機会が増えていった。その時、彼女には文化祭の大道具やチラシなどの制作を中心にお願いしていたのだけれど、高等部になって私と同じ書道部に入るとは思わなかった。正直なところ、小麦の字はうまいとは言えなかった。絵を描いていた方がよっぽどいいと思うのに。  学校内外で行動をする時、4人一緒でも二人ずつに分かれる時がある。大抵は涼と美樹が一緒で、私は小麦とという組み合わせが多かった。涼はバレー部でも一目置かれるほどのプレーヤーで普段から行動的。美樹はクールで何事にも動じないようなところに他の子にはない存在感を持っていた。小麦はというと……。 4人の中では一番背が低く、太っているわけではないけれど、顔も目も丸く、他の2人と比べると若干幼く見えた。突然突拍子もないことを言ったりしたりするので、下手をするといじられ役になっていることも少なくなくて…… でもきっと、気を遣ってくれてるんだよね?  この日の書道部での披露会でも、彼女の書いた作品に対する突っ込みが半端なかった。部のメンバーの総攻撃を浴びる中、小麦はへへへっと演技掛かった笑い方をしながら「ちょいと厠に~」とその場を逃れた。  こうして改めて客観的に見てみると、私が彼女だったらすごく疲れそうだ。  私はトイレへと向かう小麦の後をついていってみた。  けれど、小麦が向かった先はトイレなんかではなかった。1階の倉庫裏の、こんな所通る人いるの? って言うほど狭く雑草がおい茂った中を、小麦はこそこそと進んでいった。この先の位置関係って言ったら男子部の校舎の方になる。  男子部の校舎の境の金網の向こうに、そばかす顔に痩せ気味の男子が立っていた。えっ、何? 小麦の彼氏? 「ふーん、タオル付きかぁ」  小麦が金網の先の彼に差し出したものは、私のタオルと体操着だった。金網の一部にはバレーボール位の大きさの破れた箇所があった。そういえば、持って帰ろうとしたところ、どうしても見つからなかった時があったっけ。  彼も学生服のポケットから取り出した封筒を小麦に渡した。中身を覗きながら小麦が小さな声で叫んだ。 「ええっ、これだけっ?」 「もっといい写真撮ってきてよぉ。今日の分はまた今度な」  な、なんなの? 小麦、あんた何やってんの⁉  **************  次の暗闇から目が覚めると、今度は体育館に来ていた。  だいぶ外は暗くなって、涼ひとりが残ってサーブの練習をしていた。本当、涼は部活熱心だ。  床に数か所目印のようなものを貼って、順に目指して球を打っているようだった。コントロールの練習なのだろう。貼ってある目印は誰かの写真なのかな? 「くそっ、死ねっ、バカっ」  球を打つたびに叫ぶ涼の声が響いた。そんな暴言を吐きながら狙いを定めている写真って? 近づいてよく見てみると、写ってるのは他でもない、私だった。 「ブスっ、タコっ、死ねっ」 涼は、汚い言葉を続けながら、私の写真めがけてサーブを打っていた。 「ブスっ、死ねっ、ゲロっ」  頭の中で、何度も涼の叫び声が鳴り響く。 「へへへっ」  小麦の卑屈な笑い声も響いている。 「……明日の昼にさ。……落としてやってよ」  美樹が隣のクラスの子に、冷めた笑顔で囁いてる。 「なんなのあいつ、優等生面して」 「自分の事よっぽど美人だと思ってるんでしょ」 「人、見下してるみたいな目で見てるんだよね」 「特別な人間だとでも思ってんの?」 「いつも家来つけててさ」 「生徒会長に毎日メールしてるんだって」 「えぇ? 書道部の先輩とできてたんじゃないの」   なにこれ。全部ウソばっかり……。 「本当は整形なんじゃないの?」 「それならもっとマシだって」 「金目当てで親父と付き合ってるって」 「オーディションとか何度も受けてるらしいよ」 「きっと男に貢がせてるよね」 「男子部の先輩にも色目使ってたよ」 「くそっ、死ねっ、バカっ」 「へへへっ」 「落としてやってよ」  もうやだ、止めて!  聞きたくない。  みんな本当は私のこと……。  そんなに嫌ってたの?  もう、イヤ。  キエタイ。 **************
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