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もう限界だった。
でも、何が苦しかったんだろう。
父は単身赴任で海外に出張中だから、たまに電話で話しをするくらいだけど、専業主婦の母はとても穏やかな人で、勉強しろとか怒鳴られたこともないの。
笑って話し合える友達もいるし、クラスメイトのみんなと衝突することもない。
勉強も部活動も適度にこなせてるし、生徒会の活動はちょっと面倒くさいけど、みんなと協力してできればそれなりに楽しめる。
うん、中々順風満帆な高校生活って言っていいんじゃないかな。
なのに……。
私は今、お気に入りの雑貨屋さんの入ったデパートのビルの屋上の柵を乗り越えて、地面へと向かって落ちて行っている。
模擬試験の帰りだった。お気に入りの赤い毛糸のマフラーが、踊るように舞いながら落ちていくのを追いかけるようにゆっくりと。
特別テストの出来が悪かったわけでもないの。
だけど、なんだか私はとっても疲れてた。
あまりにも疲れていて、気づいたらあの柵を越えていたの。
何が辛かったんだろう。私。
このまま落ちていったら何処かにたどりつける? どこか、安心して眠れる場所に。
**************
「うわあっ。なんだよお前。どこから降ってきたんだ?」
「ってか、お前、身体透けてんじゃねーかよ」
「え~、またそーゆーの? 勘弁してよぉ」
誰? 誰の声なの?
「なんだよぉ。俺、またヤバい所通ったぁ?」
誰の声? 神さま…… じゃないよね? そんな品のいい話し方じゃないし。
頭がボーっとして、辺りもよく見えない。目は開いてるつもりなんだけど、濃い霧の中にいるみたいで、近くで聞こえる声の持ち主の顔もよく見えない。
「痛って~~。早くどいてくんない?」
さっきから、本当に文句ばっかり。こっち頭痛いのに。そんなに騒がないでくれる?
私を取り巻く白い霧と共に、頭の中も少しずつすっきりしてきた。と同時に、自分が何かの上に乗っている感じが分かってきて。ん?
「きゃぁ~~。何よあんた。触らないでよっ。痴漢!」
叫びながら、思わず誰かの頬をビンタしていた。えっ、この私が?
「ひでぇなぁ。あんたが勝手に俺の上に落っこちて来たんだろ?」
落っこちて来た? あっ、そうだ。私、あのビルから飛び降りたんだった。
「そもそも、あんた霊のくせに、人を痴漢呼ばわりもなにもないだろ」
霊? その男の声は私を霊だと言った。
そっか、私飛び降り自殺して、成仏できなかったのか。
「だけど、あんた変わった霊だよな。まあ、重さはそんなに感じないんだけど、肉体の感触があるんだな」
その時、私はしりもちをついた彼の腕の中に、抱えられる状態でいることに気がついた。
“肉体の感触?”
「触らないでよ! 変態!」
抱きかかえられた手の感触が、急にいやらしいものに感じ、私はまた彼の顔に平手打ちを食らわせていた。
「おい、霊! 助けてやったのに失礼だろ!」
「霊、霊ってあなたこそ失礼よ。私には伊崎莉奈っていう名前があるのよっ」
私は伊崎莉奈、高校2年の女子。自殺して、成仏し損ねて霊体になったところを、この霊感少年に助けられたらしい。
霊感少年の名前は沢野悠真と言った。年も同じくらい?
でも、霊体になったのに助けられたことになるのかな?
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