第2章 未知との遭遇

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第2章 未知との遭遇

炎の正体は、川岸で燃え上がる焚火だった。ごろごろとした石を避けるように砂地の上へテントが張られ、その少し離れたところに、炎がぱちぱちと乾いた音を立てている。その脇に一人の男が座っていた。 椅子の上で何やら飲みつつ、ぼんやりと炎のゆらめきを見つめている。 「あれ、何か急に冷えてきたような……わっ!!」 不審げにあたりを見回した男が驚いて声を上げた。 「な、何だ君は! こんな山の中に一人で……」 「それ、自分もじゃん」 雪女にしてみれば、こっちが聞きたかった。何しろこの山は、彼女の住処なのだ。 「そっちこそ、こんなところで何やってるの? 一人で川べりで火焚いて、ボケっとして」 「ボケっとしてって……悪かったな、ボケてて。いいんだよ、ソロキャンなんだから」 「そろきゃん?」 「あ、だからその……キャンプ。一人でやるやつ。判る?」 雪女の怪訝そうな反応に面食らったのか、男は子供に説明するように言葉を重ねた。 「つまりさ。場所決めて、火焚いて、何か食べたり飲んだりして、夜はテントで寝るの。それをソロ……一人でやるわけ。ソロキャンプ、略してソロキャン」 「ふうん。何のために?」 「何のって、そりゃあ……」 その先が出てこなくて、男は口ごもった。 「何だろう、日常を忘れるっていうか……」 「忘れる? 忘れたら困るじゃん」 想定外の反応に、男はぽかんと口を開けた。 「いや、全部忘れるんじゃなくてさ。普段、生活してるといろいろ疲れることがあるわけ。ほら、仕事とか人間関係とか。そういうのを一時的にせよ、すぱっと忘れたい時もあるんだよ」 顔じゅうに疑問符を貼り付けたような雪女の表情に、男は苦笑いを浮かべた。 「君、変わってんな。そもそも何で女の人が一人でこんなところにいるの……って言いたいところだけど、どうも普通じゃなさそうな雰囲気満載だし。まさかその……えーと、スピリチュアル系かなんかのヒト?」 「スピなんとかっていうのはよく判んないけど、少なくとも人間ではないわ。気を遣ってくれてるなら、一応言っとくけど」 「そこまであっさり言われると、もはや恐怖心も湧いてこないな。何なの、霊魂とかそういうの? あんまりいい言葉思いつかなくて悪いけど」 「レーコン? 何それ。あたしは雪女よ」 男はマグカップを手にしたまま、目を見開いた。 「雪女って、あの昔話とかに出てくるやつ? すげー、ほんとにいるんだ。初めて見た」 「ちょっと、ヒトを幻の珍獣みたいに言うのやめてくれる? 失礼じゃない」 「ヒトじゃないって、さっき自分で言ったと思うけど」 雪女は口を尖らせた。 「それは言葉の綾ってものでしょ。とにかくあたしは雪女なの。いつもは冬しか出歩かないんだけど、なんか最近暑くて寝苦しいから、どうせ眠れないならと思って散歩に出たの。そうしたら遠くに灯りが見えて……」 雪女は、少し離れたところから焚火を指さした。 「ああ、そうか。雪女だったら火に近寄れないよな。ごめん、でも焚火を消すわけにはいかないんだ」 「なんで? 暗くなっちゃうから?」 「それもあるけど、山には野生動物がいるからね。クマとかそういうの。動物は基本火を怖がるからさ、身を守るために火は要るんだよ。まあ雪女なら、そんなもの怖くもなんとも……なんか雪女って言いにくいな。自分、名前ないの?」 「……こまち」 男はおかしそうに笑った。
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