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第3章 冷たいのがお好き
「へえ、こまちちゃんか。なんかヒトじゃないとか言ってるわりに、人間みたいな名前なんだね。でもいいじゃん、可愛い名前で」
男の予期せぬ言葉に、こまちは思わずそっぽを向いた。その瞬間、川のせせらぎにも、炎のはぜる音にも負けない低音があたりに響きわたる。
「――もしかしてこまちちゃん、おなか空いてんの?」
「あ、あの、ずっと長いこと眠ってたから……」
「だめじゃん、動くならちゃんと食べなきゃ。でも雪女って何食べんの?」
まさか、若い男の生気が何よりの好物だとはとても言えない。
こまちはもごもごと口ごもった。
「えーと、あんまり熱くないものなら何でも……」
男は残念そうに顔をしかめた。
「そうか、熱いものはだめか。俺、今からソーセージ焼こうと思ったんだけど」
「ソーセージ?」
返事の代わりに男は手元のクーラーボックスから、大きな丸々としたソーセージを二本取り出した。
「要は肉だよ。こいつを串に刺してさ、こう、火で炙るんだよ。それでよく冷えたハイボールをきゅうっと……そうだ!」
男はもう一つの小さなクーラーボックスを取り出した。中には握りこぶしぐらいの大きさの氷がぎっしりと入っている。その一つを掴み出すと、男は器用にアイスピックで粉々に砕いた。炎にきらきらと輝く氷のくずが、小さなテーブルの上の皿にこんもりと積もっていく。
「何してるの?」
「かき氷。これなら君も食べられるだろ」
上から仕上げのようにカルピスをかけて、男は皿をこまちに向かって差し出した。訳も判らず受け取ったこまちは、スプーンで氷をすくうと恐る恐る口に運んだ。
「何これ、甘い! 美味しい!!」
驚いたように声を上げるこまちを見て、男は満足そうに頷くとマグカップの中のハイボールをくっと空けた。
「な、これならいけるだろ。もっともこんなので腹が膨れるかどうか判んないけどさ」
「ううん、美味しい。こんなの初めて食べた。あなた、器用なのね。あんな鋼一本で、こんなの作れちゃうなんて」
男は照れたように笑った。
「ああ、まあ家にいる時、たまにやるんだ。もっぱら俺は酒のためだけどさ。普通の氷より、こういういい氷をアイスピックで砕いて作る酒は断然美味くて……って判んないか。ごめん」
やがてソーセージの焼ける香ばしい匂いがあたりに漂い始めた。
「じゃあ悪いけど、俺一人で食わせてもらうよ……あちっ、あちちちっ!」
男の必死の形相に、こまちは思わず噴き出した。
「あはは、ほんとに熱そう。あたしはとても食べられないな」
「はいひょうふ。またはひほおり、つふってあげふ」
「ふふ、何言ってるか判んないってば」
こまちは笑って男の肩を叩いた。
「つめてっ!」
やっと熱いソーセージを飲み込んだ男は、驚いたように飛び上がった。
「はは、やっぱり雪女なんだな。隣にいるとひんやりするしさ」
そう言うや、男は焚火の脇からもう一本のソーセージを取ると、きょとんとしているこまちに渡した。
「はい、君の分のソーセージ。熱々は無理でも、冷まして食べてみたら? そんだけ全身から冷気出てるなら、早く冷めるでしょ」
渡されるままにソーセージを手にしたこまちは、しばらくふーふーと息を吹きかけたり、うっすら白光りする手をぱたぱたとかざしていたが、やがて腹を決めたようにひとくち齧った。口の中でぷちりと肉の弾ける音が鳴る。
「いやあああ、おいしいいいーーー!!」
興奮して叫ぶこまちの脇で、男が愉快そうに笑った。
「な、美味いだろ? もう俺、キャンプはこれがあれば満足でさ。こうなると判ってたら、もう少し持って来たんだけどな。一人だといつもは二本で充分だから」
「あ、ごめんなさい。あたしが一本もらっちゃったから……」
「いや、いいさ。それぐらい喜んでもらえると、こっちも焼いた甲斐があったってもんだ。もしまた会える機会があったら、その時はたくさん持ってくるよ」
こまちは思わず身を乗り出した。
「ねえ、だったら冬に来て」
「冬?」
「そう。やっぱりあたしは夏に弱いもの。正直、今だっていつ溶けるかとびくびくしてるのよ。冬だったらそんな心配いらないもの」
男は困ったように、星のない夜空を見上げた。
「冬かあ……それだと雪山装備をして来ないとだめだな。でも君の場合はかまくらの方がいいか」
「かまくら?」
男はポケットからメモ帳を取り出すと、さらさらと絵に描いて見せた。
「雪で作った雪洞みたいなものだよ。この中で火を焚いてあったかいもの食べたりするんだ。これならまわりが雪だから、君でも大丈夫だと思うよ」
「そうなの!? じゃあ冬に待ってる。それでまたこれ食べたい。えーと、ソ、ソージ……」
「ソーセージ。そうだな、ちょっとハードル高いけど、そのつもりで考えてみるか」
「ほんと!? 約束ね。楽しみに待ってるから」
こまちは嬉しそうに、冷めたソーセージの残りにかぶりついた。
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