21 これ以上振り回さないでくれ

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21 これ以上振り回さないでくれ

 俺が後ろに一歩下がると、月森はそれ以上近寄らなかった。  傷ついた表情の月森を見て、申し訳ない気持ちと同時に、お互い様だと思った。俺も振られた記憶で傷ついているからだ。 「……月森、仕事は?」 「今日は、もう終わらせました」 「……なんで」    定時で上がるなんて今まで一度もなかったじゃないか。飲みに行く日でさえ残業してたのに。 「先輩、あの……少し話せませんか?」  あらたまってなんの話をするつもりなんだ……。  このまま気まずい状態が続けば、友達でいるのは難しくなるかもしれない。  わかっているけど……まだ無理だ。そばにいると気持ちを隠し通す自信がない。振られた記憶がつらすぎて、月森を見るだけで感情があふれてくる。まぶたが熱くなる。  月森が望む友達に戻るのは、今はまだ本当に無理なんだ……。 「……ごめん。今日は用事があるから」  俺は視線を逸らして見え透いた嘘をつく。  月森以外に友達もいないし、今まで用事なんて何もなかったのにバレバレだろう。   「もしかして、林さんと……ですか?」  林さんの名前が出てきたことに一瞬眉をひそめ、食事に行ったと嘘をついたことを思い出す。  ……そうだった。だからだったのか。だから月森は今まで通りに振舞ってくるのか。今の俺の気持ちは林さんに向いていると思って安心していたんだな。  自分がそうなるよう仕向けたのに、すっかり忘れてた……。 「うん、そう。林さんと」  ちょうどいい。そういうことにしよう。  そう思って嘘を口にすると、月森が顔を歪ませうつむいた。  ……なに、なんだよその反応。  俺が林さんと上手くいけば、月森は安心できるだろう?   「…………ないで……ください」 「え? なに?」 「行かないで……ください」 「……え?」 「今日……だけでいいので……っ。今日だけ俺に時間をくださいっ」 「……は?」  月森は顔を上げ、今にも泣きそうに顔を歪ませる。  なんだよ……なんでそんな必死なんだ。  どうしてまた、そんな勘違いさせるような態度をとるんだよ。  また期待が膨らんで胸が苦しくなり、苛立ちが爆発した。  泣きたいのは俺のほうだって、少しはわかってくれよ……。 「約束してるから今日は無理だよ。ごめんね」  俺は月森に背を向けた。  まだ残っている新卒者の間を縫ってエレベーターへと向かいながら、震える手を握りしめて冷たい廊下を歩く。  心臓の鼓動が耳をつんざくように速くなり、どうしても抑えきれない感情が胸を締め付けた。 「ま……っ、待って、先輩……っ」  月森の声が追いかけてくる。俺は足を早めてエレベーターに乗り込んだ。  しかしその時、突然腕を強く掴まれた。力が強すぎて抵抗できず、無理やりエレベーターから引きずり出される。 「な……っ、おい月森っ」 「ごめんなさい……先輩っ」  エレベーターや廊下にいる人たちが何事かと驚く中、月森はものすごい力で俺の腕を引っ張って歩き出した。  掴まれた腕が熱い。スーツ越しに月森の熱が伝わるはずもないのに、意識すればするほど掴まれた部分が熱を帯びていく。 「おいっ、離せよ……っ」 「嫌です……っ」 「はっ?」    嫌ですってなんだよ……っ。  意味がわからない。本当に月森がわからない。もうこれ以上俺を振り回さないでくれっ。 「どこ行くんだよ……離せってっ」  必死に振り払おうとする俺に、月森は何度も「ごめんなさい」と謝りながら、廊下の一番奥にある小さな会議室に俺を引っ張り込んだ。 「先輩……ごめんなさい」  痛いほど強く掴んでいた俺の腕を、月森がそっと放した。  その瞬間に熱が引いていくのを感じて、今度はそれが切なくてたまらなかった。 「なんなんだよ……なんで俺を振り回すんだ……」  急激に冷えていく腕を自分の手で温める。こんなことで一喜一憂する自分が嫌だ。本当にバカみたいだ……。 「ふ……振り回してるつもりは……っ」 「振り回してるだろ」 「ご……ごめん、なさい。でも俺、先輩とこのまま気まずくなるのは嫌だから……っ」  わかってるよ。俺だってそう思ってる……。  でも、月森のそばにいながら気持ちを隠し通すのはもう無理なんだ。だから……。 「俺さ……月森と友達に戻れるように、ちゃんと努力するから。だから、もう少し俺に……時間ちょうだい。頼むよ……」  精一杯微笑んだつもりだけど、ちゃんとできていたか自信がない。たぶん、声も震えたと思う。  月森が「努力……」と小さくつぶやいて、ゆっくりと力なくうつむいた。 「ごめん……なさい……。俺、先輩に努力させなきゃダメなくらい……嫌われちゃったんですね……」 「…………は?」  月森は何を言ってるんだ?  嫌われたってなんだよ。 「ほんと……なんなの月森……。俺のことからかってるの?」 「え……?」 「そんな簡単に嫌いになれるわけないだろ……っ。バカにするなよ……っ」 「え、あの……ごめ……」  月森が顔を上げ、なぜ怒っているのか理解できないという顔で動揺するのを見て、感情が爆発した。 「ほんとなんなの……っ。俺は……っ、俺は一生懸命月森への気持ちを忘れようって努力してるのにさ……っ」 「…………え?」  月森が、今度は眉を寄せ始める。  本当になんなんだよ……。  俺のこと、なんだと思ってるんだ……。  悔しくて、悲しくて、涙がにじんでくるのを止められなかった。   「確かに告白したのは前の俺だけどさ……っ。でも、今の俺だって同じ気持ちだって、なんでわかってくれないんだよ……っ」    俺が震える声で力なく叫ぶと、月森が驚愕したように目を見開いた。    
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