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「あっ、ほんとにパパが来てる~!」
弾んだ声に顔を上げると、霧島邸の駐車場に水色の軽自動車が見えた。アメリが気に入って決めたというアルトラパンは、丸いヘッドランプを道路側に向けて駐車されている。車内に人はいないようだ。
「おじさん、家の中かな」
「そうみたい。今日帰ってくるなんて、知らなかったなぁ」
「……だね」
「あたし、裏口にまわってパパをびっくりさせてくるね!」
アメリはそう言って、振り返りもせず庭の奥へと消えてしまった。
「あーあ……」
もう少し二人でいたかったのにな。そう思いつつ、外れかけた門扉を押す。蝶番がキィィと耳慣れた音を立て、内側に開いた。
玄関までのアプローチに敷き詰められたレンガの隙間からは、ボサボサの雑草が顔を出している。右手に広がる前庭も荒れ放題だ。かつて丹精された樹木や花は茶色く枯れているのに、膝まである雑草ばかり青々としているのはなぜだろう。
前庭に面した部屋はリビングで、割れたガラスを段ボールでちぐはぐに補強した格子窓がある。そこにアメリの父親の姿が見えた。一人で飾り棚の前に立ち、写真を見ているらしい。
声をかけるか、少し悩む。が、彼がうつむいて目頭を押さえるような仕草をしたので、私は静かに踵を返した。
あの棚の真ん中に飾られている写真は、8年前から変わっていない。穏やかな幸せに包まれていた霧島家の三人家族。父親は単身赴任しておらず、母親は元気で、娘が──アメリがまだ生きていた頃の、儚くて眩しい一枚だ。
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