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「遥香ちゃん」  そっと立ち去ろうと思っていたのに、門扉に手をかけたところで背後から声をかけられてしまった。私はゆっくり振り向き、初老の男性に会釈した。  遥香ちゃん。短大を卒業し社会人になった女性に、そう呼びかけるのはさすがに抵抗があるのだろう。アメリの父親は微妙な笑みを浮かべて、娘の親友に向き合った。  「元気そうだね」 「はい、おかげさまで」 「それに、来てくれてありがとう。さっきアメリの部屋を見てきたんだ。お花、ありがとうね」 「……いえ」  裏口に回ったアメリが戻ってこないだろうかと、少しそわそわする。けれど、私はもう分かっていた。アメリはこういうとき、絶対に姿を現さない。父親と話す私を見ることも、その話を聞くこともない。私がこの家の鍵を預かっていることも、たぶん知らない。 「今日は、出張ですか?」  平日の午後5時。ポロシャツ姿のおじさんは、充血した目を瞬かせてうなずいた。 「明日、本社(こっち)で会議なんだ。さっき前橋から着いたところだよ」 「お疲れ様です」 「遥香ちゃんも、今日は休み?」 「はい、有給を取りました」  なぜ休みを取ったのかは察せられるはずだ。アメリの父親は嬉しいのか苦しいのか判別しにくい表情で目を細め、「ありがとう」と言った。
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