第1章  優しい嘘

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「誰もいないよ?」 「玄関前にいるんじゃない? 一応出てみてくれる?」  ママは卓上鏡とにらめっこしていてこちらを見向きもしない。  正体不明の人が玄関前にいるってことだけど、大丈夫かな?  ちょっと怖いんだけど…… 「パパは?」 「お手洗いに行ったばっかり」  残念な知らせに浅いため息を吐き、私は念のためドアロックをしたまま扉を開けてみた。 「どちらさまですか?」  その狭い空間に人影はなく、虚空に話しかける羽目になってしまった。  せっかちな人か……ピンポンダッシュだったのかな?  朝からそんなイタズラをする余裕があるのか疑問ではあったけど。  私は不審な人がいなかったことに安堵し、ドアを閉めようと手を引いた。   「ハナ」  その瞬間、そよ風のような声がした。 「……えっ?」  心臓がドキンと跳ねる。  この声と、名前の呼び方。  そんなの……ひとりしかいない。  でも、そんなことあるわけない。  聞き間違いだったのかもしれない。 「ハナ。開けてよ」  でも、わずかに開いたドアの隙間から困ったような顔が現れた。  思わずドアノブから手を離して後ずさる。 「――(よう)くん?」  私は激しく混乱した。  なぜなら、彼は本来ここにいるはずのない人だったから。
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