19人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
青年は困ったような顔で頭を下げると、エレベーターのボタンを押して待つおっさんの元へと歩いて行った。
ちょっと待て。今の会釈はどういう意味だ。あとは頼むってことか?初対面のくせに、図々しいにも程があるだろ。
客の少ないラブホテルなので、エレベーターはすぐにやってくる。二人は乗り込むと互いに見つめ合った。そのままドアが閉ざされていく。
完全に閉まる直前、二人の顔がゆっくりと近づいていくのが見えた気がした。
思わずため息がでる。ずいぶんと気分の悪いものを見ちまった。歳の差、どれくらいあるんだろう。青年の方は綺麗な顔立ちをしていたから、ゲイのおっさんなら夢中になるのもわからなくもない。
けれどあの中年のおっさんは、お世辞にも魅力的とは言えなかった。青年よりもやや背が低く、小太りで、顔が脂で光っていて……
SM部屋を選んでいたけれど、おっさんの方がSかな。いやMってセンもありうる。あれだけの美男にならいじめられて悦ぶ人間が大量にいてもおかしくはない。
ふと二人の行為を想像してしまい、全身に鳥肌が立った。
ホテルのフロントは客が来ない間ヒマで仕方なく、気を抜くと先ほどの二人のことで妄想をふくらませてせてしまう。どう見ても恋人には見えない二人づれが来店することはよくあるけれど、そういうのは大抵の場合、片方が鼻息荒く、もう片方は顔に笑顔を貼りつけてやたらめったら相手の機嫌をとっている。
そういう時は、金の関係なんだなってすぐわかる。
けれど今回の二人は、これまでのパターンとは違っていた。年若い青年が見せた笑顔は、わざとらしさがまるでなく、心から幸せそうに見えた。
あれくらいの美形になると普通の相手ではもの足らず、性癖や好みが特殊になっていくのだろうか。俺もバイなので男相手でも勃つタイプだが、あんなおっさんは嫌だな。
ふいにエントランスの自動扉が開き、妄想の世界から引き戻された。
革靴の足音が近づいてくる。うっすらと流れている店内用BGMが掻き消えるくらいに荒っぽい歩き方だった。
すぐにフロントの前に二人の長身スーツの男が並んで現れる。どうやらまたゲイのカップルらしい。
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか」
「いや、ちょっと話を聞きたいんだが」
これから甘いひと時を過ごそうなんて微塵も感じられない、硬質な声。いやな予感がして男たちを交互にながめる。どちらも30代くらいだろうか。目の前に立っている黒スーツ黒ネクタイの男は、ワイシャツのボタンを上までとめて色気のかけらもない佇まいをしている。彼のななめ後ろに立っている紺色のスーツの男は色付きのサングラスをしていて表情は読めないが、金髪をオールバックに撫で付け、ずいぶん派手な見た目をしていた。
「話、ですか」
黒スーツの男は真面目くさった顔で二枚の名刺を取り出し、台の上に並べて置いた。
手前に置かれた方の名刺には、(株)デジファイン 代表取締役 吉原輝と書かれている。俺でも知っている不動産の大手企業だ。もう一枚の名刺には、同じ社名の横に、秘書 山崎 諒の文字。
秘書?なんだこの名刺。この二人の肩書きか?
胡散臭そうな目を向けると、相手はこちらに怯んだ様子はなく、必死で怒りを押し殺しているような、どこか殺気立った雰囲気をまとっていた。
「私、こちらの会社で社長秘書を務めている山崎と申します」
「はあ」
「先ほどこちらに若い男と中年の男が客として来ませんでしたか」
最初のコメントを投稿しよう!