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「てめえはしばらく家から出るな!わかったかっ!!」
「ちょっと、待って!本当に知らなかったんだよ。だいたい昨日は、この山崎って人にしか会ってない」
「何度ウソをつくつもりだ!!!」
「ウソじゃない!!!ていうか、俺がバイトしないと父さん困るだろ?家賃の支払いとかどうするんだよ!」
「うるさいっ!!!!!!」
父さんは俺の腕を引っ張るとそのまま壁に向かって放り投げた。肩から激突し、痛みで声が出ない。
「バイトは何時からだ!」
「ごご。一時……」
「それまでは家から出るな!!!バイトが終わったらとっとと家に帰ってこい!」
「……」
いつもそうしてんじゃんという言葉を飲み込み、痛む肩をおさえてゆっくり頷いた。父さんはふんと鼻を鳴らし、仕事に行ってくると支度を始めた。工事現場の作業服に着替え、塩むすびを3つほど作ってリュックに詰め込むと、床に横たわったままの俺に見向きもしないで出かけていく。
目尻からぽたりと涙が落ちた。じわじわと視界がにじみ、鼻の奥がツンとする。もうこんなことじゃ泣かないって思っていたけれど、どうしようもなく心が弱って耐えられない日もたまにある。
ゴロンと天井を見上げ、この世のどこかで暮らす母親に想いを馳せる。顔も声も覚えていないけれど、無性に会って抱きしめて欲しくなった。父親からは母親の情報の一切を教えてもらえなかったので、これまで探しにいくことさえできなかった。
いや、探しにいったとしても、会う勇気もなかっただろう。母親は一人で家を出ていったのだ。俺を父親の元に残して。それがどういう意味かなんて、ガキの頃から俺は理解していた。
ふと、昨日のことを思い出す。山崎とかいう、あの男。あいつは吉原輝の秘書で、中年男とホテルに来た社長の息子を連れ戻しにやってきた。
あの澄ました顔の美青年は、日本有数の金持ちの息子。母親は社長夫人か。ということは、あのアズマとかいうガキは俺の弟ってことかよ。
なんなんだよ、それ。なんだよこの違いは。
腹の中に黒いものが溜まっていく。吐き出せない苛立ちと嫉妬がうずまいていく。もうどれくらい、こうして我慢して生きてきただろう。あとどれくらい、こうして生きていかないといけないんだろう。
自分が腐っていくのがわかる。心の純粋な部分はこうしてどんどんさびつき、自分でも吐き気がするほど最高に性格の悪い嫌なやつに仕上がっていくんだ。
悔しい。悔しい。悔しい。なんで俺ばっか。なんで。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
どうせ何かの訪問販売か宗教の勧誘だろう。家庭環境が悪すぎて絡みづらい自分を訪ねてくる友人も、粗暴で人付き合いが苦手な父親を訪ねてくる相手も、ここ数年で一人もいなくなった。
居留守を決め込むが、再びチャイムが鳴らされる。そのまま無視していると、三回目のチャイムが鳴った。
誰だ。さすがにここまでしつこい来客はめずらしい。そしてすげえむかつく。
このまま放置しているとエンドレスでチャイムを鳴らされそうな気がする。仕方なく痛む体をおさえ、ゆっくりと立ち上がった。するとまたチャイムの音が。
イライラしながら玄関へ向かう。チェーンをかけたままドアを開くと、外には予想外の人物が立っていた。
「あ、良かった。出てきてくれて。何度も鳴らしちゃってすみません」
そこには、吉原アズマこと、例のトラブルメイカーな坊っちゃんがいた。
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