アフターブライト

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「……何してんの」  フリーズする脳をなんとか回転させて、ようやく言葉が出てきた。アズマは少しはにかんだように笑う。昨日のあの凍りつくような表情とは大違いだ。こういう笑顔だけ見ると、年相応の子どもに見えてくる。  いや騙されるな俺。こいつは二回りくらい年上の相手を加虐するサディストだぞ、たぶん。 「えっと、昨日はご迷惑をおかけしてすみませんでした」 「いや、仕事しただけだし。ていうかそんなこと言いにきたの?あとなんで俺の家知ってるの」  矢継ぎ早に疑問を繰り出す俺に、アズマは遠慮がちに口を開いた。 「それもあるんですけど、あのあと警察に通報されちゃうんじゃないかってヒヤヒヤしてたから。大事にしないでくれてありがとうございます。これ、大したものじゃないですけど」  そういってアズマは持っていた大きめの紙袋を顔の高さまで上げてみせた。チェーンをしたまま受け取れる大きさではない。  俺は仕方なく扉を閉め、チェーンを外してからまた開いた。 「どうも。コレ何入ってるの?」 「菓子折りを何個か。あなたの家は、ホテルの従業員の方に聞きました」  中をあらためている俺が顔を上げた瞬間、アズマの表情が強張るのに気がついた。そこでようやく、自分が今ひどいツラをしているだろうことを思い出す。気まずい沈黙が流れた。  アズマは呆然とした顔で、俺の顔を指差す。 「それ、血ですか」 「たぶん」 「……理由を聞いても?」 「転んだんだよ。じゃ、菓子折りサンキューな」 「ちょ、ちょっと待って!」  扉を閉めようとした俺をアズマはあわてて引き留める。 「ひどいケガじゃないですか。ぜったい殴られた痕でしょ」  心配そうにこちらを見つめてくる眼差し。こいつが自分の弟だということを思い出し、腹の底からふつふつとあのどす黒い苛立ちが湧き上がってきた。  俺は片頬だけ吊り上げて笑う。 「はは、鋭いじゃん。いつもセックスん時に人を殴っているだけはあるな」  アズマは目を見開いて硬直した。俺は楽しくなってきて、さらに言葉を続ける。 「あれ、違ったか。昨晩だってそういうプレイしてたんだろ」 「……あなたには関係ないでしょ」 「図星かよ。若いのに変態だな。なあ、人を殴るって気持ちいいの?あのおっさんはどれくらいボコったんだ?今の俺みたいに顔は()れ上がってたか」 「殴ってません。そういうことはしてないから」  あざける俺を、アズマは苦しそうな顔で見ていた。肩が震えている。憎い相手の辛そうな表情は、仄暗い快楽と満足感で俺を満たしていく。 「どうだかね。人をいたぶるのが好きなら、上がってけば?気が済むまで俺を殴ればいいよ。どうせ今と大して変わらない」  冗談のつもりだったが、アズマは俺から視線を逸らし、お邪魔しますと入り込んできた。  いやいや。え?本気にしたのか。ちょっとからかいすぎたかな。  後ろ手で扉を閉めると、アズマは救急箱はあるかと聞いてきた。そんなもの、この家にあるわけがない。  首を横に振ると、アズマは靴を脱いで部屋の奥へと進んでいく。散らかった廊下を気にも止めず歩く姿は、いいところの家の坊ちゃんには見えなかった。  キッチンの前に立つと自身のカバンからハンカチを取り出し、水で濡らしていく。よく絞って水気を切ると、俺の前にやってきて、服を脱いでくださいと言った。 「ケガ、それだけじゃないんでしょ?全部見せて」 「何それ。ケガ見たいの?そういうフェチなんだ。イカれてるな」  形の整った美しい瞳が、真っ直ぐに俺の目をのぞき込む。迫力に圧倒され、俺は情けなくも軽口を叩くことしかできなかった。 「あいにくだけど、そこまでグチャグチャにはなってないんじゃないかな。あんた好みには仕上がってないぜきっと」 「もう黙ってください。こっちは心配しているのに」  冗談を言っているようにも、嘘にも思えなかった。心配、という言葉にグラッとくる。いつぶりだろうか。誰かに本気で心配されるのは。  たったそれだけのことで気持ちがほだされ、そんな自分に落ち込み泣きそうになる。ほとんど初対面の相手に気遣われただけで喜んじまう、みじめな自分。  情けなくて吐きそうだ。どんだけ孤独なんだよ俺は。
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