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ひどく投げやりな気持ちになって、言われた通りスウェットを脱いだ。その瞬間、アズマの顔から表情が消える。アザだらけの体。治りかけてもまたすぐ別のアザができるので、我ながら汚い体だなと思う。
そのまま無言で、アズマは濡れたハンカチを肩に押し当てた。ピリッとした痛みを感じたが、ひんやりして心地よい。手つきがあまりにも優しくて、なんだか落ち着かない気分になった。
「これ、日常的に暴力を受けてるってことですよね」
「さあ」
「誰に殴られているんですか」
「さあ」
「昨日も、こういう体で仕事されてたんですね」
「……」
「痛むでしょう。大変でしたね」
「お前もう、それ以上口開くな」
ふいに、アゴを持ち上げられる。
は?なんだ急に
うろたえているうちにアズマが軽く顔をかたむけ、俺の唇をじっと見つめる。
至近距離でアズマを凝視する俺は、急に視線を上げてきたこいつと見つめあってしまい、思考が一時停止する。はっと我に返ったとたん、変な汗がぶあっとふき出た。アズマがゲイなことを思い出す。まさかという焦りと恐怖がわき上がり、声が情けなく裏がえった。
「ちょっと待て!キモい。お前、何してん……」
「口、あけてください」
「は?ざけんなよ。何のつもりだ」
「だって口の中切れてるんでしょ?いま傷の具合を見ますから」
「………………」
「どうかしましたか?」
きょとんとした顔を見て、一瞬でも自意識過剰になった自分を記憶から抹消したくなった。
「お前さ、人との距離近すぎなんだよ」
「そうですか?人懐っこいねとはよく言われますけど」
「顔近いし、危うく変に勘違いするところだった」
「勘違い?……ああ」
アズマは恥ずかしそうにうつむいた。
「僕がゲイだからですね、すみません。思わせぶりなことしないように気をつけてはいるんですけど。相手がノンケの人だと、どうも気が緩んじゃって」
こういう時、自分だけ黙っているのは気が引ける。
どうせこいつの好みは相当年上のおっさんだろうから、こっちがカミングアウトしても気まずくなることはないだろう。
「ちなみに俺バイだから」
「えっそうなんですか?……それは気づかなかったな」
アズマはわずかに目を見開く。のどのあたりが上下したのが見えた。
「だからどうってわけじゃねえけどさ。距離感バグってるやつと一緒にいると疲れるんだよ。気にしてないふりすんの、すげえ神経使うから」
「わかります……気をつかわせちゃってすみません」
「いいってもう。謝られんの嫌いだし」
うるさそうに手を振ると、アズマが柔らかくほほ笑む。
「優しいですよね、ヨシキさん」
「だからそういうの要らねえって。ていうかなんで名前知ってんだ」
「ホテルの人が教えてくれました。あでも、僕より年上だからヨシキ先輩か」
俺はあいまいにうなずいた。
先輩、ね。本当は兄弟なんだけど。言ってもどうせ信じないだろうな。
アズマはニコニコと笑顔で、その甘い顔立ちも相まって時々女に見えてくる。目の錯覚ってやつだろうけど、その度に心がざわつく。
意識したくない。でもどうしても問わずにはいられなかった。
「お前さ、その顔、女みたいって言われない?」
アズマはうなずく。
「しょっちゅうですよ。結構コンプレックスです」
「ふうん……もしかして、母親似とか?」
「どうかなあ。写真見ます?」
「見る!」
前のめりで即答してしまった。アズマに気にしたそぶりはなく、スマホの写真フォルダをスクロールし始める。
「あった、これ」
そういって見せられたのは、アズマと母さんのツーショットだった。俺はつい絶句する。そこにはほとんど同じ顔が、同じようにほほ笑んでいる姿があった。
「似ているどころか……双子かよ。髪型変えたらそっくりじゃねえか」
アズマが嬉しそうに目じりを下げる。その顔に母親の顔がダブり、どうしようもなく寂しさがこみ上げた。
これが母さん。とても優しそうな人だ。こっちのクソ親父とは天と地ほども違う……。
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