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「ヨシキ先輩?」
気づくと、アズマがこちらを凝視していた。とても真剣な目で。
「なんだよ」
「すごい辛そうな顔してたから。どうしました?」
「どうもしてねえけど。つうかさ、お前、昨日今日会ったばかりのくせして馴れ馴れしいわほんと」
俺の事情なんて何も知らない様子に段々とイライラしてくる。コイツにあたっても仕方ないことなのに。
「だって、そんな姿見たらほうっておけないじゃないですか。心配だって言ってるでしょ。僕でよければ頼ってください」
心配。まただ。やめてくれよそういうの。その顔で、母さんと同じ顔して俺を気遣うな。いたたまれない気持ちになるだろうが。
だいたいコイツに心配されたところで何になる。いっとき心が慰められたとして、結局俺のクソみてえな日常は変わらないままだろ。何もできねえくせに、キレイな言葉ばかり並べやがって。
俺は無言で立ち上がり、痛む体を我慢して玄関へ向かう。
「ヨシキ先輩?」
鍵を回しドアを押し開けると、肩に鋭い痛みが走った。体がびくりと震えそうになったが、顔には出さず、アズマを振り返ってアゴをしゃくる。
出ていけ、という無言のアピールだった。
アズマはふっとため息をはき、ドアの近くまでくると歩みを止めた。眉根をよせ、どこか不満そうな表情。どうやら素直に出て行く気はないらしい。
「邪魔。俺午後からバイトだから少し寝てえんだよ」
「なら寝るまでそばにいます」
「はあ?意味わかんねえ」
俺は苛立ちを隠すのをやめた。アズマの腕をつかんで力の限り引っ張る。
「ほら!早く出てけっての」
が、どれだけ力を込めてもアズマはびくともしなかった。傷ついた体が引きつり脂汗が流れる。歯を食いしばって何とか耐えた。それでもアズマは涼しい顔で俺に抵抗している。
コイツ、意外に力が強い……
「また来ていいですか」
「いやだ」
「いいって言ってくれないと帰りません。明日、今度は救急箱持ってきます」
「要らねえってば!お前、何でそんな俺にこだわんだよ」
「……あなたが誰かに傷つけられているのが、僕は許せないんですよ」
低く、感情を押し殺したようなつぶやきだった。すうっと目が細められる。
「お前に関係ねえんだから、ほっとけ」
ムキになってまた力を込めようとした時、脇腹に激痛が走り思わず手を離してしまった。そのままバランスを崩し転びそうになる。ハッとした様子のアズマが腰に腕を回し俺を抱き寄せた。固く引き締まった筋肉の感触。顔に似合わず、相当体を鍛えているようだ。
これは、俺なんかじゃびくともしないわけだ。
「大丈夫ですか?」
男としても負けたような気がして、イライラが更に募る。
優しい親も、金も、幸せな生活につながる全てを弟が持っている。恵まれた容姿だってある。何で全部、そっちにあるんだ。一つでいいから俺にくれよ。
心の中で嘆いたところで、ふと気がついた。
いや待て。この中で唯一、俺が奪えそうなものがあるじゃないか。
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