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 茗子とは、大学の頃からの付き合いだった。  知り合ったきっかけは、某コンビニのバイト。俺より一ヶ月ほど先輩の茗子の第一印象は、「大福餅みたい」だった。もちろん本人には言えやしないし、言ってもない。色白で、ぽっちゃりしていて、ころころ笑う。来る客来る客に愛想よく接し、俺と茗子がレジに立っていたら、あからさまに茗子のレジに列ができるくらい。俺が風邪を引いたときシフトを代わってもらい、お礼にとご飯に誘ったことがきっかけでぐっと距離が縮まり、俺から告白して付き合い始めた。  茗子はどっしりした女だった。体もだけど、おもに心が。俺が落ち込んでいるときや何かへたこいたときなんか、 「大丈夫! 私がついてるんだからさ!」  そう言って励ましてもらったものだ。  大学を卒業してからお互い東京で就職した時点で、同棲を始めた。 「茗子のご両親には挨拶行くけどさ、俺のほうは来なくていいよ」 「そんなわけにはいかないよ!行かせてもらいます」 「いや、俺んち家族仲良くないし」 「それでも行く。なおさら行く。聡くんには私という味方ができました! って主張する」 「ケンカしに行くんじゃないんだから」 「もちろんこんな言い方しないよ? 単純に会ってみたいの。それにこういうことってキッチリしてたほうがいいと思うから。お願い」  結果、一緒に来てもらった。うちの親の反応は歓迎でも拒絶でもない無の状態だったが、当の茗子は何も気にしちゃいなかった。聡くんが優しいのって、幼い頃から自分より周りの気持ちを考えることが当たり前になってたからなのかもしれないね、と言った真剣な横顔を見て、俺は握っていた手を少し強く握り直した。 「俺男なんだし、生活費多めに入れるよ」 「関係ないよそんなの。対等でいられなくなっちゃう」 「そこは別に対等でいいだろ。俺の顔だって立たないし」 「私は嫌。折半にしよう。結婚するってなったとき、また考えよう」  最初のほうはケンカが増えて一時期険悪になったこともあったものの、それでもお互い譲り合って(ほとんど俺が譲ったんだが)過ごして。 「はい、これ。聡くん、二十八歳の誕生日おめでと」 「え? これ何?」 「靴。聡くんの革靴、結構いたんでたでしょう? 似合いそうなの買っといたんだ」 「俺そういうの無頓着だもんなぁ」 「そうそう。気を付けなきゃダメだよ」 「ありがと。ピッタリ。明日から履くわ」 「私は先月の誕生日でこれもらったからね」  茗子が大事そうに、俺のプレゼントしたネックレスを、その白くて柔らかい手で掬った。  なんとなく茗子が三十歳を迎えるまでには「結婚しよう」と申し出るつもりでいた。たぶん、茗子もそれを待ってくれていたはずだ。 俺の誕生日からちょうど二か月後。残業して帰って来たら、茗子はまだ帰って来ていなかった。茗子の帰りが俺より遅くなるなんて珍しい。飯でも買ってくるかな、と近くのコンビニへ行くため靴を履いた時、スマホが鳴った。茗子のお父さんからだった。 「茗子が事故に遭って──病院に搬送──すぐ向かって──」  何をどう言われたかは記憶が曖昧だが、俺は慌ててタクシーを拾って電話で言われた病院へ駆けつけた。でも茗子はもう、息を引き取ったあとで。茗子の両親は、俺の四時間後くらいにやってきた、と思う。お母さんが、病院のベッドの傍らで泣き崩れた。 「聡くんと出会ってなかったら! そうしたら茗子は! 東京で就職なんかしないで、うちに戻って来たはずなのに! 死なずに済んだのに!」  そんな類のことを、面と向かって言われた。それをたしなめるお父さんの苦しそうな顔。俺のせいじゃない。それはわかっているけど、たしかに俺のせいのような気もした。わからない。俺が茗子と付き合ってなければ。あるいは、茗子ともっと早く結婚して茗子に家にいてもらっていたら。茗子は今も生きていたかもしれないのに。わからない。茗子が死んだ。もうあの家に帰ってこない。二度と会えない──。
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