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・「俺、彼女できたんだ」。私はノートに書いた恋のおまじないから、彼の名前を消した。
恋のおまじないノートから名前を消された男子は、それっきり姿を消した。失踪した理由は誰にも分からない。ノートに書いた恋のおまじないから、彼の名前を消した張本人は、彼が行方不明になったことを知らなかった。なぜなら、その人物は解離性同一症によって生じた人格の一つであり、その人格もまた治療によって消えてしまったからだ。
・解離性同一症を克服した少女は、「あの子を消してしまった」と涙を流し……。
涙を流したところで、消えてしまった人格が蘇るわけはない。しかし別の何かが蘇った。少女の中に、消えた男が蘇ったのだ。
少女は消えた男子と夢の中で出会った。彼女は消えた男子の同級生だったが話したことはない。どうして自分の夢に出てきたのかと尋ねた。消えた男子は事情を説明した。
「君の中にいた別の人格の少女は、謎の恋のおまじないパワーで僕を消してしまったけど、あの子は勘違いしている。あのとき自分は『俺、彼女できたんだ』って言ったけど、実はそれが誤解なんだ。嘘だったんだ。本当は彼女なんていないのに、そう言ってしまったんだ。お願いだ、あの子の誤解を解いてくれ! そうしないと、俺は元に戻れない。このまま異世界に一生いたくないんだ! お願いだから元に戻してくれ!」
消えた男子は、そう言って少女に頼んだが、少女もどうしていいのか分からない。とりあえず別人格の少女が書いたノートを見てみる。何のヒントがあるかもしれないと思ったのだ。そこには謎めいた呪文と、無数の男性の名前があった。その中に一つ、二重線で消された名前があった。夢の中に現れた男子の名前だった。
少女は消された男子の名前を再び書いてみた。
・地位も名誉も失い社会的に消えた男に、かつてのいじめられっこは微笑む。「心を殺される気分はどうだい?」
地位も名誉も失い社会的に消えた男は、そう言われて苦悩の表情を浮かべた。そして急に眼を見開いた。
「心を殺される気分を、自分は前にも体験している! この感じは確かに、前にもあった!」
かつてのいじめられっこは怪訝な顔をした。
「ちょ、ちょっとお前、何を言ってんだ?」
「いや、間違いない! そうだ、思い出したぞ! 俺は昔、別の世界にいた。そして、そこから何か変な力で、この世界へ飛ばされてきたんだ!」
「ちょ、ちょま、お前、ちょっと待てよ。変だぞ、お前、凄く変だぞ」
「うん、変だと思う。でも事実だ」
「いやいや、やっぱりおかしいって!」
地位も名誉も失い社会的に消えた男は、昔いじめた相手に変人呼ばわりされても怒らず、逆に謝った。
「かつて俺は君に悪いことをした。本当に申し訳ない。その理由にならないけど、聞いてくれ。すべての記憶を失って、俺は違う世界へやってきた。何が何だか分からない恐ろしさが、俺の内部で暴れ回っていた。その不安と恐怖を忘れようと、俺は酷いことをやり続けたんだ。その犠牲になったのが、君だった。謝っても、許されない。それは分かっている。でも、僕の地位も名誉も何もかもが失われた……どうやら、君に奪われたようだ」
かつてのいじめられっこはニヤッと笑った。
「そうだ。お前の地位も名誉も今はすべて、僕のものだ」
何もかもを奪われた男は、ホッとした様子で言った。
「それでいい。君には、その権利がある。君は俺に復讐して当然なんだ! 俺の何もかもが君のものだよ。償いにならないかもしれないけど、それでどうか許して欲しい」
何もかもを奪った人物の不敵な笑いが凍りつく。
「お前……体が透明になってきたぞ」
半透明になった男が笑う。
「呪いが解けてきた! やったあ! これで元の世界へ戻れる!」
社会的に消えた男は視覚的にも消えた。彼を社会的に消した人物は魂消た。
「おい、ちょっと待てよ!」
返事は帰ってこなかった。復讐者は呆然と虚空を見つけ続けた。
消えた男は消えた男子の姿に戻り元の世界に復活した。久しぶりに通学すると、彼を驚きの表情で見つめる少女がいる。解離性同一症を克服した少女だった。
その後、二人は交際を始めた。消えた少女がノートに書き残した恋のおまじないは消えず、彼女の願いはかなえられたのだ。
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