05 夏の海の初デート

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「あの、イズー……」 「はい、なんでしょうかヒヨリさん」 「さっき、何か言いかけてやめたでしょう? 本当は何を言おうとしたの?」 「ああ、あれはですね」  そうしてまた、イズーは黙り込んだ。 「イズー?」  彼はなんだか言いにくそうに伝えようとする言葉を思案していた。  時間が、刻々と過ぎていく。 「ヒヨリさん。ああ、えっとですね、その……」 「うん。遠慮なんかしないで、イズー。はっきり言っていいのよ?」  ヒヨリはイズーの顔を見つめて、にっこりと笑った。  そんな彼女の顔を見てイズーは決心したらしい。 「改めましてヒヨリさん」 「うん」 「大変言いにくいことなのですが……」 「言いにくいこと? なあに?」 「その……実は緊急で仕事が入ってしまいまして帰らなくてはならなくなりました……」  イズーはとても申し訳なさそうにしょんぼりと俯き平謝りだ。  ああそうかなるほど、と、ヒヨリは手をポンと打った。 「ああ、そういうことか。もうそれは本当に早く言わなくっちゃ、イズー」 「すみません、ヒヨリさん。初デート最後までエスコートすることが出来なくて……」  ヒヨリを見つめるイズーのブルーグレイの瞳が揺れて翳る。 「本当に本当にすみません」  イズーは何度も頭を下げた。そんな彼を見て、ヒヨリは慌てて言葉を発する。 「気にしないでイズー。お仕事は大切なんだから」 「ですが……」 「お仕事を粗末にする方が私は苦手よ。ちゃんと言ってくれてありがとう、私は大丈夫よ」  そう言って。ヒヨリは落ちこむイズーを笑顔で仕事に送りだした。 「いってらっしゃい」  と。
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