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 ある古ぼけた商店街。その一角には、郵便局と赤褐色のポストがひっそりと並んで建てられている。その名を、桐谷郵便局という。  名を掲げた看板は、この地域特有の海風や雨水の浸食が蓄積されたことにより、色褪せている。建物全体で見ても、新しいとはお世辞にも言うことができない。  しかし、そのような外見に対し、建物内は清潔感を醸し出していた。受付の机は、木の素材を活かしたものとなっており、長い年月を物語っているが、汚れ一つなく、持ち主のまめさを感じられる。  また、明かりを保っている蛍光灯は、一般の物と比べるといささか暗いように見える。しかし、その明るさが郵便局の暖かさを強調しているようだ。  そんな桐谷郵便局は、午前十時から午後八時まで、水曜日、日曜日を除いて営業している。個人営業の郵便局なので、毎日郵便局を開けるには人手が足りないのであった。しかし、郵便局は、人手不足と言う問題に対しては焦点を当てていない。  郵便局の前にはポストがあるので、手紙などを投函することが目的の客には、郵便局の中までに足を運ぶ必要はない。  また、そもそも、活性化が図られていない商店街にある郵便局にわざわざ行く客はいるのだろうか。近頃は新しく、全国に開店している郵便局が辺りにできているので、そちらに向かってしまうのは当然である。  数々の理由から、郵便局の客は減少傾向にあり、売上も下がっているのであった。  しかし、そのような状況下で桐谷郵便局が営業を続けているのには訳がある。郵便物を届けるという仕事と並行して、ある事業を行っているからだ。    桐谷郵便局、またの名、過去郵便局。  桐谷郵便局では、本来は休日であるはずの水曜日に、需要によっては開店することがある。それも、たった一人のためであることも少なくない。  水曜日の客は、過去に言うことが出来ず、後悔した思いを抱えて来店する。    そのような言葉を、客の代わりに、客が伝えたかった人に届けるのが桐谷郵便局の二つ目の仕事である。  しかし、その二つ目の仕事については、いくつかのルールが、設けられている。  一つ目、伝えなかったことを心から後悔している人しか客として受け入れない。  二つ目、過去に客が思ったことしか伝えられない。つまり、現在の考えは伝えることができない。    三つ目、桐谷郵便局がその言葉を相手に伝える時には、客が伝えたという過去に変化している。  四つ目、その言葉を伝えたことにより、現在が変わるかもしれないが、変わらない場合もある。客の現在が変化してもしなくても、郵便局は一切の責任を取らない。    これらのルールを原則とし、水曜日であるはずの今日も、桐谷郵便局は客を迎える。
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