【手紙 Side・剛】

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【手紙 Side・剛】

王志玲(ワン・チーリン)の葬儀は彼女の親戚の関係で台湾で行われる。 台湾では農民暦という暦に従って適した日に葬儀を行うそうで、それは2週間も先だという。 俺は彼女の家族に、台湾に送られる前に焼香だけでもさせてほしいと願い出た。 あの事故の時に咄嗟に彼女に駆け寄った俺のことを彼らは覚えていてくれて、申し出を快く受け入れてくれた。 「坂井さんはチーリンのお友達なのよね」 王ちゃんに面差しの似ている彼女の母親は美しい顔に酷いクマを作って、腫れた目と擦りすぎて乾燥した頬にどうにか笑顔を浮かべたが、すぐに口元が震え始める。 きっとずっと泣いていただろうに、感情が溢れるのを抑えきれないのだろう。 香りが良いという中国茶を勧めてくれたけれど、全てが色褪せてしまったかのような今の俺には味もわからなかった。 礼儀として口に運ぶが、温度以外何も伝わらない。 「娘にはお付き合いしていた人がいたようなのだが、君は知っているかな」 彼女が亡くなっても訪ねても来ない恋人に父として憤っているのかと思ったが、そう訊ねる彼の顔はもっと暗く絶望の淵を見ているようだ。 「知っています……」 ここで和樹の事をぶちまけてしまいたいという衝動を、俺はどうにか収めた。 そんな事をすれば俺の気は晴れても、彼女を大事に育てていたご両親が気の毒だ。 ただでさえ不慮の事故で娘を亡くしたばかりなのに、その娘が恋人だと思っていた男に(もてあそ)ばれただけだとわかれば、どれほど傷付くだろう。
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