プロローグ

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プロローグ

 ちりん……。  聞こえた音を男は幻聴だと思うことにした。  そうでなければならないからだ。  走ることが出来ないのはもう十分に走ったからだ。  声を出せないのは、息が上がってしまったせいだと自分に言い聞かせる。  でなければ……。  それはまこと密かに囁かれるただの噂話。  裏の人間だけが知る合言葉のようなもの。  この界隈で理由の無い略奪を行ってはいけない。  ましてや人を殺してはいけない。  笑う鈴の音に目をつけられてしまうから。  ただの噂話だと思っていた。  盗賊同士の縄張り争いに巻き込まれて死んだ者達が囁いた作り話だ。  現にこの界隈では盗賊被害が相次いでいた。  だからとても仕事が楽だった。  男はけして弱くはない。  英雄と呼ばれないまでも、それに並ぶ実力は持っていると自負していた。  何人もの盗賊や野党を殺したし、それで感謝もされた。  報復に来た輩を何人も返り討ちにした。  集団で夜襲を受けて、一人で制圧したこともある。  だからここでも同じようにしていただけだ。  盗賊を倒し、盗賊が襲おうとしていた人達のとどめをさして金品を奪う。罪は全て盗賊達が被ってくれる。  抜かりは無かった筈だった。  ちりん――。  気の所為じゃない、今度は確かに音を聞いた。  逃げなければいけない。  だが、どうやって逃げればいいのだろう。  走る足も無ければ、声を出すための肺すら男には残されていないというのに。  そこでようやく男は理解した。  もうとっくに終わっているのだと。  これは裏で囁かれるただの噂話。  笑う鈴の音に目をつけられてはいけない。  気づくことなく終わってしまうから。  鈴の音が聞こえた時には全てが終わる。  事切れた男の側でフードを被った影が顔に月を浮かべた。 「終わっていたんだよ初めから。何の矜持も覚悟も無く、罪に手を染めた瞬間からね」
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