【リセマラ勇者を許さない】

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 深く息を吐く。お(へそ)より指三本分下に意識を集中させると、そこには確かに熱が渦巻いている。深く息を吸う。その熱――魔力を吸い上げ、体の隅々まで行き渡らせる。手の平がジンワリ痺れてきたら、詠唱。 「か、風よ、大地を巡りし精霊……うう……刃となりて……わ、我に力を授けたまえ!」  言葉と魔力で意識を具象化させる、それが魔法。空気が張り詰め私の周りに目には見えない風の刃が生まれる。あとはそれで目の前の薪を割るだけ……とすぐ油断してしまうのが私の悪い癖だった。 「わっ」  集中力が途切れた瞬間、魔法が弾ける。鋭い風がビュンビュン吹き荒れて私を襲った。私は薪じゃない! 割らないで! 頭を抱え目を閉じる私を、誰かが強く引っ張る。頬が革の鎧に潰され「ぐえっ」と変な声が出た。私はその腕に抱きすくめられたまま、風がやむのを待つ。 「おい! メルル!」  ぶっきらぼうな声に顔を上げると、そこにはやっぱり見慣れた少年。幼馴染の彼だ。銀色のボサボサ髪が太陽に眩しく透けている。 「魔法を使う時は集中しろって、いつも言ってるだろ! 馬鹿!」  彼は私を引き剥がし唾が飛ぶ勢いで怒鳴った。私を抱いていた方と逆の手には盾がある。それで風の刃から私を守ってくれたのだろう。感謝の気持ちはあるが頭ごなしに叱られると素直になれない。私だって好きで魔法の練習なんてしている訳じゃないんだから。 「詠唱も中途半端すぎる! さっきのアレは何だ!」 「だって、なんか恥ずかしいし……」  危険を脱した安堵と容赦ない怒号に、目の奥がツンとなる。私は長いおさげ髪をギュッと掴んで堪えようとしたが、駄目だった。重たい眼鏡を外して目を抑える。 「うええ……もうやだ、魔法なんてやめる」 「お、おい、泣くなよ」  彼は途端に狼狽(うろた)える。いつも厳しい彼は、私が泣くと少しだけ優しくなるから、私は泣き虫のまま成長出来ない。彼はポンポンと私の頭を撫でる(叩く)と、溜息を吐いた。 「そんな泣き虫じゃ、魔王になんて勝てねーぞ」 「別にいいもん……」  魔族を従える闇の王、魔王。彼は舌足らずな幼少期から十五歳の今日までずっと、訪れるかも分からない魔王との戦いに向けて鍛錬を積んできた。近所に住むか弱い少女――たまたま人より魔力の高かった私を巻き込んで。私は気の強い彼に怒鳴られるのが怖くて、構って貰えるのが嬉しくて、一緒に“勇者ごっこ”を続けているという訳なのだ。  私は実のところ、こんな努力は無駄だと思っている。魔族と人間の間に争いが絶えなかったのは大昔の話。今では二つの種族は互いの領域を決め、不可侵を守っている。人間より力の強い魔族が侵略してこないのは(ひとえ)に“聖なるクリスタル”のお陰だ。  かつての人々が魔王に対抗するため、数多の魔法使い達の魂を捧げ作り上げた魔法具、クリスタル。世界を手に出来る程の強大な力を秘めているというそれは、王都の神殿に厳重に保管されているらしい。それが人間側にある限りこの平和は続くだろう。 「全く、メルルは――」 「そんなに言うなら別の人を仲間に誘えばっ」 「……メルル」  彼が静かな声で私を呼ぶ。真剣な瞳に見つめられ涙が引っ込んだ。 「お前には才能がある。絶対に誰もが認める魔法使いになれる。強くなるんだ、メルル」  才能があるなんて言うけれど、ただ魔力が高いだけ。魔力の高さは自らの中に眠るそれをいかに意識し引き出せるかで決まる。つまり私は人より少しばかり敏感で……過敏なのだ。昔から所謂おばけを見たし、その所為でろくに友達も出来なかったのだから、素直に喜べるものではない。良かったのは彼の興味を引けた事だけだ。  本当にどうして、彼はこんなにも私を強くしたがるのだろう? いつもはぐらかす彼の唇に見入っていると、家の方から穏やかな声が響いてきた。 「おーい。ご飯ができたぞー」  見れば、キッチンの窓から兄が顔を出している。良い香りにぐうとお腹が鳴った。「はーい!」と元気に返事をする私に「現金だな」と呆れる彼のお腹も、ぐうと鳴る。 「一緒に食べて行くでしょ?」 「……そうする」  彼は立ち上がり、慣れた様子で私の家の裏口に向かう。幼い頃から互いの家を行き来してきた私達は、家も家族も二つなのだ。 「ほら、早く行くぞ」 「うん!」  私も彼を追う。傍に立つと目線の先にある肩に、寂しいような嬉しいような不思議な気持ちになった。昔は大して私と変わらなかった背格好が、声が、全然違う生き物みたいになっていく。私も少しは変わっているだろうか? 変わらなくちゃいけないだろうか? 「ただいま」  家に入り手を洗う。キッチンのテーブルには温かな食事が三人分用意されていた。ごろっと大きな野菜のスープ、こんがり焼かれた川魚、薄く切られたパンにはチーズが乗っている。兄はコップに水を注ぎながら、目の赤い私に「また泣いたのか」と優しい困り顔を浮かべた。  ――厳しくてちょっぴり優しい幼馴染と、穏やかで料理上手な兄。両親の商いを手伝いながら、使い道の無い魔法の訓練をして、ヘトヘトになってお腹が空いたら美味しいご飯。これだけは昔から変わらない。こんな日々が、この先もずっと続いていくのだろうと思った。  思って、いた。
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