【リセマラ勇者を許さない】

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 ――いよいよ旅立ちの日。「メルルが心配だから僕も付いて行くよ」と言う兄も加えて三人での出発となった。危険な旅は不安だったし、無口な上にどこか素っ気なくなったハルトと二人きりというのは気まずく、私は兄に感謝した。  近距離戦を得意とする剣士ハルトと、中距離型の魔法使いの私。兄は趣味の狩りで身に着けた弓術と、昔(かじ)ったという治癒魔法で、私達を後方からサポートしてくれるらしい。まるで誰かが仕組んだみたいにバランスが取れているなと思った。  旅に出てすぐ。私達は森で、こちらの欠片を狙ってやって来た魔族と相対する。いくら私でも流石に生死がかかった戦いで泣きべそをかく訳には行かず、精一杯頑張った。ハルトの剣が魔族を切り裂き、その中から光の欠片が飛び出て私の足元に落ちる。  指先程の小さな欠片なのに、全力の私を優に超える魔力を放つ、クリスタルの欠片。早くしまわないといつ誰に奪われるか分からない。私はビクビクそれを手に取った。その瞬間、背筋にゾクリと嫌なものが走る。 『あ~。どうすっかな~』  突如響いた知らない男の声。隣の兄を見るが、少し疲れたニコニコ顔を浮かべているだけだ。この声が聞こえていないのだろうか? 次にハルトを見る。その顔は――酷く強張っていた。 「ハルト?」 『ビン底眼鏡のおさげ魔女とか、イマドキ無いよな~。ステータスも微妙だし』  声はハルトの背後から聞こえている。私は躊躇いつつ……見たくないモノから目を逸らす為に掛けてきた、度の合わない眼鏡をずらす。ハルトの後ろには大きな黒い(もや)が立ち込めていた。それは今まで見たどの“おばけ”よりも凶悪で(おぞ)ましい気配を放っている。 『もう一人の仲間が男ってのもな~。広告に出てた猫耳ツインテ美少女か、ピンク髪爆乳お姉さんを期待してたんだが?』 (な、何? この声は誰? 一体何を言ってるの?) 『仕方ねー。やり直すか! リセマラリセマラっと』  男の言葉に、ハルトの目が見開かれる。悲痛な面持ちで私を見る彼。その時――ハルトの体に亀裂が走った。透明な雷みたいなそれが空間ごとハルトを裂く。両肩から斜めに入ったそれはまるで……大きな×印。 「ハ、ルッ、」  なんだこれ。なに? なんで? どうして? ハルトが、死んじゃう?  私は足を(もつ)れさせながらハルトに駆け寄った。けれど伸ばした手は彼をすり抜けて、私は転んで膝も肘も擦りむく。凄く痛いけど、そんなの今はどうだっていい!  起き上がりハルトを振り返ると、彼は透明な顔で心配そうにこちらを見ていた。その唇が、木々のささめきより微かな音を紡ぐ。  “ごめん、守れなくて”  久しぶりに聞いた声は、彼らしくない弱々しいものだった。その言葉を最後に、彼の姿は見えなくなってしまう。黒い靄と嫌な気配もスッと消えた。 「ハルト!」  もしかしたら何かの魔法かもしれない。あの謎の声は魔族のもので、そいつに攫われたのかもしれない。助けを求めて縋った兄は……先程から一歩も動かず、戦いの勝利に微笑んだままだった。  ――時間が、止まっている。  それは兄だけではなかった。森を抜けた先の町も、その次の町も。どこもかしこも誰も彼も止まってしまっていた。私一人だけを残して。
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