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小さな町で生まれ育った少年ハルト。クリスタルの導きによって勇者となった彼は、仲間と共に旅に出た。幼い頃に罠から助けてあげた獣人族の少女と、身分を隠し臣民の為に戦う姫君と共に。
「ハルトやったな! 遂に魔王撃破だっ!」
「ハルト様、あなた様なら成し遂げると思っておりました。流石は私の勇者様です」
「はあ? オイ姫さん、誰が誰のモンだって!?」
ミーアが長いツインテールを振り乱し、リリィ姫とハルトの間に割って入る。リリィはキャッと可憐な悲鳴を上げ、ハルトの腕に豊満な胸を押し付けた。
「おいハルト! ここらでハッキリして貰うぞ! アタシと姫さんのどっちを選ぶんだ!?」
「そうですわハルト様! ご決断下さいまし。私と結婚して王になって下さいますわよね?」
→ミーアを選ぶ
→リリィを選ぶ
(おいおいマジでギャルゲーだな! どうすっか……セーブしてどっちのルートも見るか)
悠人は手慣れた操作でメニュー画面を開く。しかしいつもそこにある筈の『SAVE』の文字は見当たらなかった。目を細めて凝視すると、パソコンの画面がガガッと大きく乱れる。
(な、何だこれ、バグか?)
それはすぐに収まった。しかしメニューは勝手に閉じられており、画面は再び魔王の居なくなった魔王城を映している。静かなCG背景――玉座の奥の扉が開き……そこから一人の女が現れた。
黒衣に身を纏った、いかにもな魔女。長いおさげ髪を垂らし三角帽子を被っている。悠人はどこかでこんなキャラクターを見た事があるなと思った。
二人のヒロインは女の出現に気付かず、頬を染めてハルトの選択を待ったまま、止まっている。
「勇者ハルト。私はあなたを待っていた。あなたに復讐するために」
(復讐って何の話だ? どういう設定だよコレ。隠しボスか?)
「……そう。あなたは自覚もしていないのね。自分がどれだけ残酷な事をしてきたか」
(オイオイ何だこいつ……ハルトが何も喋ってないのにペラペラと)
まるで俺に話しかけているみたいじゃないか、という悠人の思考を読んだように、女がわらった。その手がマントの裏から分厚い眼鏡を取り出し、掛ける。
「私はあなたが捨てた世界の――勇者の幼馴染、メルル。あなたの幼馴染じゃなくて“彼の”だけどね」
悠人はゲームのしすぎで夢でも見ているのかと思った。
メルルは静かに語る。それはもうゲームのウィンドウ内のテキストではない。スピーカー越しの音声でもない。悠人の脳に直接語りかけてくる。
「どうして私達の世界が止まってしまったのか。どうしてあなたが……彼を消したのか。クリスタルが全て教えてくれたの」
メルルがマントを広げると、バラバラとクリスタルが落ちた。それは十、百……途方もない数である。
――メルルは、クリスタルの力で世界を超えた。悠人“達”の身勝手で壊された数多の世界、消された勇者達を目の当たりにし、復讐心を募らせた。
どんなに辛くとも、その“リセット”に介入する事は出来なかった。勇者との決戦は、魔王にしか許されていないからだ。メルルは悠人の前に最強最悪の敵として立つ為、無数のクリスタルを得て真の魔王となり、この時を待っていた。悠人が最終局面まで辿り着く時を。
「あなたにとってはただの遊び。暇潰し。私達はそれに弄ばれ、踏みにじられた」
悠人に歩み寄る女。コントローラーのどこを押しても何も反応せず、悠人は気味が悪くなり、パソコンの電源をオフにする――が、消えない。画面の奥から伸びた女の手が次元を超え、悠人の目前に迫る。
「勇者。いえ、プレイヤー悠人。消された世界の恨みを思い知りなさい」
「あ、あ、ああああ!」
悠人の叫び声に慌てて駆け付けた母親が見たものは、『GAME OVER』が表示された画面。その前で虚空を見つめ、廃人と化す息子の姿だった。
――全国で多発した、特定のオンラインゲームによる精神障害事件。呆然自失状態になるプレイヤーが後を絶たず、原因の特定に至らぬまま、そのゲームはサービス終了となった。
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