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⑧
町会長の和田と駐在所の君下が家から出ていくのが聞き取れた。
つまり今、階下は1人という事だ。
逃げるチャンスはより高いと思ったが、見つかりでもしたら、何をされるかわからない。
この部屋には武器になりそうなものもないから腕力だけで勝てる程、甘くはないと思う。
それに残った奴が誰かもわからないのは、より自分の身を危険に晒すような気がしてならなかった。
残った奴の人物像を知っていれば対処もしやすいだろうけど…やはりまだベッドの下から逃げ出すわけには行きそうになかった。
2階から飛び降りる事も考えたが、恐らく無理だと風子は思った。
自分の記憶が間違いなければ、飛び降りる場所にクッション代わりになるような物は一つもなかった。
雨樋にぶら下がり、降りれば衝撃も和らぐだろうが、万が一を考え、風子はまだ逃げるのは止めにした。
それにそれ以上、まだここに留まる理由があった。
それは三太が来るらしいからだ。
あいつが町会長とつるんでいたというのもムカつくけど、それ以上、この事件に関わっていると思われる事が風子には許せなかった。
それにしても、よくあの短時間で彼女から離れて来れたな。
浮気を疑われ、それが晴れたとしてもその日1日は彼女のご機嫌取りをするのが普通じゃないだろうか。
でも三太は彼女を上手く説得したのだろう。
でなければこちらへ向かえる筈がない。
2階を片付けろという和田の言葉はあの血の海の事に違いないけど、それは三太が来てからの話だった。
どれくらいの時間で現れるかは知らないが、既にこちらへと向かって来ているようだから、そう長く待つ事はないだろう。
三太が現れた後で、階下にいる人間と三太が何を話すのか風子は興味があった。
2人の会話で、もう1人の男の正体もわかるだろうし、それに美沙の一家がこんな目に遭った理由やこの惨状に三太がどのように関わっているかがわかるかも知れない。
風子はそれを知りたかった。
その事は話さない可能性もなきしも在らずだけど、あの血の海をみたら、嫌でも口が開く筈だ。
それを風子は聞き逃したくなかった。
君下の話では、あいつはこれには、つまり美沙を刺したりはしていないようだ。
暴力は振るったかも知れないが、殺害まではしていないらしい。
けど、階下の奴は和田が言ったように、この惨劇に関わっているらしい。
つまり今は和田達がいた為、大人しくしていたが、本性はろくでなしなのかも知れない。
どれくらいの時間が経過したかはわからないが、待ちくたびれた風子もいい加減眠くなって来ていた。
うとうとし始めた風子の意識を覚醒へと引き戻したのは、三太の声だった。
「あのクソジジイが」
「三太さんさぁ」
「何?」
「人の事言えないけど、どうしてこの町の皆んなは和田のオヤジの言う事に逆らわないわけ?」
「んなのもわかんないのか?」
どうやらいつしか2人は2階へ上がって来ており、血の海を掃除しているようだった。
「って?どういう事?」
「そりゃ儀式には優先的に参加させてもらえるし、秘密をバラした者への制裁にも参加出来るからに決まってるだろ」
「あぁ。そういう事か」
「そう言う事」
三太が、あの三太が望んで暴力を振るっている?考えられないし、考えたくもなかった。
「でもね。俺、さすがに町会長はやりすぎだと思うよ」
「何度も何度も刺し続けたのは、確かに俺もやり過ぎだと思う。けど、山下君も随分と楽しそうだったじゃないか」
「三太さんだってそうでしょ?」
「まぁな。美沙とも幼馴染だったけど、あいつ小学生の頃から何度も俺を振ってきやがったからさ、その分の恨みもあったわけよ」
三太の告白に風子は思わず声が出そうになった。
慌てて手で、口を押さえた。
山下という男に覚えはなかった。
それ以上、三太の豹変ぶりに風子は驚かされてしまった。
あの三太が…自ら進んで美沙達を…おまけに美沙の事が好きだとか吐かしていた。
下腹部が熱くなり、風子は怒りに震えた。
「お前はまだ、引っ越して来て日が浅いから知らないだろうけど、美沙をあんな風にしたの、俺だからな」
「三太さん、マジで?」
「マジよ。大マジ」
「三太さん、エグすぎだわ」
「だから儀式はやめられないんだって」
三太はいい、続けて自慢げに一昨年の儀式の話をし始めた。
三太は一昨年の儀式の際、捕まえた美沙を激しく殴って気絶させた後、両手足を木々に縛りつけ、美沙が赦しを乞うのを無視して、時間をかけて手足を切断し、不具者にした後でレイプしたようだった。
「あんだけ血が出てんのに、美沙の奴死なねーのな」
三太が下品な高笑いを上げた。
「だからかー」
「何がたからだよ?」
「三太さん、あの芋虫女をここに連れて帰って来た時、いきなり刺したでしょ?」
「あぁ」
「あれってどれくらい出血したら死ぬか見たかったからじゃないですか?」
「そうだよ。そうなんだよ。なのに和田の奴が俺から包丁を奪いやがってさ。お前は神社の手伝いがあったから知らないだろうけど、和田の奴、ロープを美沙の首に縛って2階に上がりゆっくりと痛ぶるように美沙を引きずり上げて行ったんだよ。美沙も息が苦しいからと、残った片腕で必死に2階に登ったんだけどさ。登った瞬間、俺から奪った包丁で、美沙をグサリ、何度も何度もな」
「えー。町会長ってえげつないなぁ」
「だろ?俺に比べたらそりゃ和田は悪魔みたいなもんだよ」
「それなのに、後片付けは自分らっすか」
「ま、気持ちはわかるけど、いう事聞いてりゃ、やりたい事をやらせてもらえるんだ」
「ですよねー。それはそれで楽しいけど、やっぱ片付けはかったるいっすよ」
「そういわず、とっとと片してしまおうや」
「わかりました」
自業自得とはよく言ったものだ。
自業自得にレベルがあったら、美沙の言った事で罰せられるなら、レイプ程度で済む話だ。
けど、美沙はそうはならなかった。
私が幼少期からずっと片想いを続けていた三太の手にかかり、不具者にさせられた。
あまりにもやり過ぎだとは思っていたが、それをやったのが三太だったとは、微塵も考えた事がなかった。
美沙の恨みとは言わない。
いや私の気持ちを知った上でまるで別人のように隠しおおしてこれた三太が気持ち悪かった。
私も私で全く気づかないなんて、飛んだ笑い者だ。
恋心を軽蔑された気がして、風子は無性に腹が立った。三太を美沙と同じ目に遭わせてやる。
風子は歯噛みしながら思い、2人が片付けを終えて家からいなくなるまでベッドの下で息を殺し潜んでいた。
そんな風子の心は様々な感情が入り混じり、不快な音を立てながら歯ぎしりをしていた。
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