写真の子供

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写真の子供

先週は思ってたより飲み過ぎてしまって、家にどうやって帰ったのか全く記憶が無いのに、蓮くんにしてもらった事だけはちゃんと覚えてる。 迷惑かけちゃったから会ったらちゃんとお礼言わなきゃと思って、いつものようにお店の扉を開いた。 「おっ!萌果いらっしゃーい」 「今日はあすかだけ?蓮くんは?」 「あ~休みやで?何か用事?」 「うん、このまえ迷惑かけちゃったからさ…」 「ふぅん。電話してみる?」 「ううん、大丈夫」 「そか、じゃ飲み物作るから待っとって」 「うん」 あれから蓮くんの事が気になって仕方ないのに、それでもやっぱりソファーに座るお客さんと楽しそうにしてる彼を目で追ってしまう… あすかが飲み物を作ってくれてる間、後ろを見ないようにわざと視線を逸らしていたらふっと隣に気配を感じて、振り返ると優希さんとばっちり目が合ってしまった。 なんだか気まずくて声をかけることが出来ずに顔を背けると、優希さんの方から声をかけてくれた。 「隣…座って良い?」 「うん…」 「蓮となんかあった?」 「あ、あの…先週帰りに変な人に絡まれちゃって、その時蓮くんが助けてくれて…」 「ふ~ん…」 興味が無いのか機嫌が悪いのか、頬杖をつきながら気のない返事を返されて本当に感情が読めない… 「はいはーい、お飲物ですよ~」 「あすか、俺も同じのちょうだい」 「はいはーい」 まさかその時に蓮くんからハグされたなんて言えるはずもなく、勝手に気まずさに押しつぶされそうになっていると、キッチンから雅希さんがひょこりと顔を出した。 「おっ、萌果ちゃんいらっしゃい。今日はおにぎり作ってみたんだけど良かったら萌果ちゃんもどうぞ」 「ありがとう、いただきまぁす」 みんなが子供みたいにおにぎりをもぐもぐほおばり始めると、いち早く優希さんが中身の具に反応した 。 「おっ!?ツナマヨ〜!」 「そ、ツナマヨ。冷蔵庫に余ってたから。よく食べたよな?子供の頃」 「ふふっ、食べたっ!」 「子供の頃?」 この二人は子供の頃からの知り合いってこと?? 子供って言うワードにこの前見つけた写真に思わず目を向けた。 「せやで~、二人は兄弟やからな」 「兄弟なの!?…あ!じゃあもしかしてあの写真…」 「あぁ、あれね。俺らの写真!優希可愛いだろ?」 「雅兄はゆっきー溺愛やからなっ、片時も離れたないねんて」 「な!?そういう事言うなって言ってんだろっ////」 優希さんは耳まで真っ赤にして照れてるのに、雅希さんは涼し気な顔で微笑んでて、対照的なこの二人が本当に面白い。 言うなって言いながらも優希さん、なんか嬉しそうだしまんざらでもなさそうだな。 「そういや萌果さ?帰りいつも電車やけど家遠いん?」 「遠くはないけど…近くもないかな…?」 「実家なん?」 「うん、そう…早く家出たいんだ…」 「あ、それで夜のお仕事?」 「うん、早くお金貯めたいから昼間も別のところで仕事してて、夜は残業って嘘ついて知り合いのお店で働かせてもらってるの」 「そうだったのか…頑張ってるんだね」 雅希さんの優しい声が胸に刺さる。 頑張ってるね、なんて滅多に言われた事無くて、こんなに暖かく包み込んでくれるようなお兄さんがいる優希さんがちょっと羨ましい。 「俺が言うのもなんやけど、せっかく頑張ってんねんからここであんまお金使ったらあかんで?」 あすかが気を利かせて言ってくれた言葉に、ずっと黙って聞いてた優希さんも、この時ばかりはちょっと何か言いたげだった。 そうだよね、私来なくなったらその分売上にならなくなっちゃうし… 「それとこれは別!ここに来るのは週末だけって決めてるし、私にとって唯一の息抜きだから…」 「そうか、ならよかった」 「せやな、萌果来うへんかったら俺寂しいもんっ!なぁゆっきー?」 「え?あ、うん…そうだな」 優希さん、ずっと黙ってるからもっと何かどうでもいいとか言われるかと思ったけど、来なかったら寂しいって思ってくれるのかな? だけどやっぱり優希さんにとって私は、大事なお客さん。 それ以上でも以下でもないってとこなのかな… 「あすか悪い、ちょっと手伝って」 「はいよぉ」 あすかも居なくなって優希さんと私の間に微妙な空気が流れ、何から話せばいいのか戸惑う私は俯いたまま。 そんな中、口火を切ったのは優希さんの方だった。 「なぁ、もう一個食べる?」 「あ、うん食べる」 「お前、結構大変なんだな」 差し出されたおにぎりを受け取り、思いもしなかった言葉にちょっとドキッとする。 「そんな事ないよ、もう大人だし自分で何とかしないと…」 「ふーん…そっか、子どもっぽく見えるけど案外しっかりしてんだな」 おにぎりを頬張りながらもずっと話しかけてくれる優希さん。 時折、雅希さんみたいな優しい笑顔も向けてくれる。 優希さんって何考えてるか分からないって思ってたけど、本当は結構優しい人なのかも。 私が変に意識しすぎてるせいで、難しく考えすぎてたのかな… 「あ、そうだ」 優希さんは何かを思い出したように急に立ち上がり、カウンターの中に移動すると、引き出しを開けたり財布を取り出したりしてゴソゴソと何かを探し始めた。 「あったあった。はい、これ。渡してなかったよね?」 「名刺?」 「うん、何かあったら連絡して?番号書いてあるから」 「え?いいの?」 「何で駄目なの?」 「迷惑…じゃない?」 「そう思ってたら渡さないけど?」 「そっか、ありがとう」 この前のあの態度は何だったんだろうと思うくらい今日はすごく優しくて、私はつかみ所のない優希さんにどんどん惹かれていったんだ。
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