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例の桜の下で告白するためにはまず、先生をどうにかしてお花見に連れ出さなければいけない。
なんといってお誘いするか、それがまず肝心だ。
「ネットで調べたけど、今年の桜の見ごろは粘りに粘っても四月二十一日が限界。つか、そこまでいくとほとんど葉桜になっちゃってるだろうって話」
スマホでカレンダーを表示させながら伝える私。
「てことは、お花見のチャンスはもう今週の土日しかない。四月十三日と十四日だね。あと数日でお誘いしないと間に合わないよ」
「だよな……」
はあ、と深々とため息をつくみのりちゃん。明らかに緊張している。いつも飄々としている彼女の、こんな顔を見ることになろうとは。
「それと、できれば二人っきりになれるチャンスが欲しいじゃん?私達だけが一緒ならタイミング見て離脱できるけど、他にも生徒が来たらどうしようもないんだよね。特に、今そこでカーテンにぶら下がってターザンやってる馬鹿男子どもとか。お花見計画知られたら絶対乱入してくるに決まってる!そうなったら台無し!」
「確かに。一発シメとく?」
「シメちゃう?シメちゃう?」
「気持ちはわかるけどタキちゃんマリちゃん落ち着こうか、発想が野蛮。暴力ダメ」
「ええええ手っ取り早く暴力で解決すればいいのに」
「駄目ったら駄目!!」
何やら物騒な発想になってる友人二人に引きつり笑いを浮かべて、私はみのりちゃんに向き合ったのだった。
「というわけで、教室じゃ人に目撃されるし……人気がない場所に先生を呼び出して、どうにか先生にだけお花見計画を伝えるのがいいと思うんだよね。どうかな、みのりちゃん。今日の放課後とか……みのりちゃんが頑張れるなら、私達が先生を廊下とか使ってない教室とかに呼び出すけど」
多少手間暇はかかるが、これも大好きな友人のためと思えばどうということはない。みのりちゃんは頬を染めて、ありがとう、と言った。
「わ、わかった。……ま、まずはお花見に誘うだけだもんな。今日告白するわけじゃない。あたし、頑張って誘ってみるよ。だから……協力してくれると嬉しい」
喜んでいるみのりちゃんの顔は、女子の私が見ても滅茶苦茶可愛い。こんな女の子に好かれて先生もさぞかし幸せだろう。そう、多少困ることはあっても、嫌がるはずがない。
「頑張って、みのりちゃん!」
私は彼女に、拳を握手見せたのだった。そう、うまくいくと、この時は信じてやまなかったのである。
実際に放課後、先生を呼び出して――みのりちゃんがお花見にお誘いするまでは。
「ああ、ごめんね園部さん」
先生は困ったように笑って、みのりちゃんに告げたのだった。
「その日、先生家族で遊園地に行くことになってるんだ。あ、言ってなかったっけ?奥さんと息子二人、四人家族なんだ」
先生は、まさかの既婚者だった。
しかも小さな男の子が二人もいるパパ。いのりちゃんの初恋は、桜の木の下で告白するよりも前に――砕け散ってしまったのである。
「あ、はは……うまくいかないや」
すぐに帰る気になれなかったのだろう。靴箱でしゃがんでうずくまるみのりちゃん。私と友達二人は、なんて声をかけるべきかわからず茫然としたのだった。
みのりちゃんが悪かったわけではない。私達も、多分私たちなりに尽くせたと思うのだ。
ただ、知らなかっただけ。先生が結婚しているとわかっていれば、みのりちゃんも寂しい恋の花を咲かせることはなかったのかもしれないというのに。
「……あのさ」
悩んだ末、私は口を開いた。
「お花見しない?私と、みのりちゃんと、タキちゃんとマリちゃん四人で!お菓子いっぱい持ってって、お花見リベンジしよう!きっと楽しいよ!!」
小学生女子の、お菓子まみれの女子会。
大人には叱られるかもしれないけど、失恋を乗り越えるためにはこういうものも必要だろう。
「……はは」
まだ目が赤いみのりちゃんは、それでも振り返って笑ったのだった。
「コンビニのプリン、奢ってくれるなら考えるわ」
恋心は桜と一緒に舞い踊り、散っていった。
それでもきっと、散ずに残るものもあるのだ。私達の中には、ずっと。
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