一揆

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一揆

南部藩領内の三陸海岸地域で起きた大規模な一揆騒動は、南部藩を大きく揺るがせた。最初、その沈静化に当たっていた佐渡は、隠居ながら藩政の実権を握っていた南部利済に厳しい諫言をし、嫌われ失脚した。あわてた義理の父でなかの父が幕府老中阿部正弘にかけあい、何とか復職を果たす。阿部正弘は『安政の改革』を断行した人物だ。 「またお役付きだ。俺はなかとずっと桜を見て過ごしたかったんだがなあ…」 出仕の命が届き、晴ればれとした顔をしてると思った妻は、残念そうにそう言う夫をみて少し呆れた。 「桜はもう咲いておりません。ならばぐうたらしてないで、お国のために尽くしなさいませ」 最近は、女子供までお国のためという。勤王だ佐幕だ、いや攘夷だと騒いでるやつらとおんなじ口ぶりだ。まったく国難には違いないが、そういうのはどこかのえらいやつが何とかするんだ。俺たちは藩内の、貧しい百姓を飢えさせないようにしなけりゃ、藩がつぶれちまうんだ。 「明日は早く登城する。昼飯用にまたにぎり飯をこさえてくれ」 「ご重役がおにぎりですか?お重を御用意しますよ?」 「いいって。べつに俺が食うんだから」 「それでも御面子というものが…」 「禄高の低い若いやつらはなに食ってると思う?芋や漬物だ。しかも借り上げで禄などほとんどもらってないときてる。握り飯でも上等すぎる。芋でも混ぜて炊いたやつでいいぞ」 「とんだ藪蛇でしたわ」 そう言ってなかはふくれっ面をした。俺はまた心がもやっとした。 一揆をなんとか収めた佐渡だったが、それは燐藩の仙台藩に大きな借りを作ってのことだ。そのためのちにそれが大きな災いとして佐渡に降りかかって来るのである。 だがいまはそんなことは知らない。ただ佐渡はなかとの過ごす刻だけが愛おしく、そして何より温かかった。 「ねえだんなさま?」 そう首をかしげて下から上目づかいになかは俺を見た。 「なんだよ」 「赤ちゃんが、できたみたいなんですけど」 「誰に?」 「怒りますよ」 「マジか」 それからの俺はあまり記憶がない。そりゃ喜んだけど、その喜びようはたぶん半端じゃなかったみたいだ。ニ三日たっても家人は俺の顔を見るたび笑い出しやがる。まったく困った連中だった。
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