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「どうかしたんですか」
「ゼミの教授だった。提出したレポート、一枚足りなかったみたいでその確認で……でもデータが家のパソコンの中にあるから……」
「大変じゃないですか! 今から取りに行きましょう」
「でも……」
「データ確認して提出すれば単位取れるんでしょ? すぐ行きましょう」
「ごめん、ありがとう」
先輩のマンションに戻るのはおよそ一ヵ月ぶりだった。ゴキブリいたらどうしよう、とか、そんな心配をしている先輩はちょっと可愛い。
マンションのロビーに入った時だ。インターホンの前でキャップを目深に被って大きなリュックを背負った若い男がウロウロしているのを見た。配達員でもなさそうだし、誰かを待っているようでもない。ただ入居者のネームプレートを凝視したあと、挙動不審にキョロキョロしていた。寺島先輩に小声で訊ねる。
「マンションの人ですか?」
「……いや、見たことないな……」
声を掛けるか否か悩みながら距離を詰めた時、男はいきなり振り返って俺たちを見た。そして、
「貴也」
と、寺島先輩の名前を口にするのである。
「……貴也やろ!」
「え、だ、だれ」
先輩は俺の後ろに隠れて警戒していたが、男がキャップを外した瞬間、「あっ」と声を上げた。そのあとみるみる蒼白した。まるで怯えているみたいに。
「た、太成……」
男は腕で額の汗を拭い、勝ち誇ったような微笑を浮かべて言った。
「久しぶりやねや。やっと見つけた」
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