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 ***  俺の下宿先は大学から徒歩二十分のところにある、六帖の1Kのアパートだ。築十年の決して新しくはないアパートだが、学生向けの賃貸物件が密集している地域で車の交通量が少なく、夜は静かで過ごしやすいのが気に入っている。風呂上がりに小さなベランダでコーラを飲みながら夜風に当たるのが最高に気持ちいい。そして汗が引くまでSNSサーフィンをするのが日課だ。  最近は気になるカフェをひたすらブックマークしている。都会にはお洒落で美味しそうな食べ物がたくさんある。色とりどりのモリモリのフルーツパフェとか、お皿を揺らせばプルプル震えるふわっふわのパンケーキとか、チョコレートサロンとか。なかなか一人で行く勇気はないけど、いつか彼女ができたら一緒に行こうと妄想しながら保存するのが楽しかったりする。  ふと思い出して、うちの大学のインフルエンサーと噂の寺島貴也を検索してみた。フォロワー三万人ほど。写真を一覧で流し見て、やっぱりカッコいいな、と思う。文章はコーディネート内容にハッシュタグでブランド名を記載しているくらいで控えめ。ぱっと見の印象はナルシストだが、コメント欄を見ると一人一人にちゃんと返信していて、悪い人ではなさそうだった。今日の分の投稿は、胸元のコインネックレスをアップにした写真だ。 『もともとばあちゃんが持っていた古いコインネックレス。』  スクロールして下の方に書かれていた投稿文に俺は目を見開く。 『学食でぶつかった知らない人のTシャツ。ポメポメポリンだった。なつかしい』 「うわ!」  思わずベランダで大声を上げてしまい、隣の部屋の人から壁をドン、と叩かれた。すんません、と小声で返して部屋の中に入る。  俺じゃ。俺のことじゃが。  噂のオンスタグラマーが自分のことを書いてくれたことか、俺の好きなキャラクターを否定しないでくれたことか、一人で部屋をウロウロするほど動揺した。テンション上がり過ぎたせいで指がすべってフォローボタンを押してしまった。数分後にはフォローバックされたと通知が入ってそれにも興奮したのだった。  加賀美はやすやすと近付けない存在だと言っていたが、案外そんなことはないんじゃないか。もし本当にこんなカッコいい人と親しくなれたら、冴えない(らしい)俺も少しはマシになるんじゃないか。  この人のことを知ってみたい。そう思える人が身近に現れたことがなぜか嬉しかった。
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