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「いや、今日はそうじゃなくて……。聞こえてきたのは、京戸さんの悲鳴だけでした」
維偉斗のトーンが大人しくなる。
それを受けて、改めて羽美が話し始めた。
「はい、確かに悲鳴は上げましたよ。だって、小説じゃなく現実で殺人事件だなんて、初めてだったから……」
彼女の悲鳴を聞きつけて、維偉斗も書斎へ駆けつける。それが死体発見の経緯だったという。
「僕たちは素人ですけど、それでも叔父が殺されたばかりなのは、見た感じの雰囲気でわかりました。いや『見た感じ』も何も、少し前まで生きていたのは確実だ。ほんの十分くらい前に、彼女が叔父のところを訪れたばかりでしたからね」
維偉斗がそう言いながら、意味ありげな視線を、もう一人の女性に向ける。
今まで一言も口をきかずに座っていた、天田真智恵だ。
「はい。確かに私は、光蔵様に呼ばれて……」
真智恵の服装は黒地に白を重ねたワンピースで、一見するとメイド服みたいだった。明田山探偵は最初彼女を召使いだと誤解したし、今の『光蔵様』という言い方もそれっぽかったが、この別荘で働いているわけではない。
確かに家事手伝いはしているけれど、それは仕事ではなくプライベート。彼女は小さい頃に事故で両親を亡くしているのだが、母親の方は生前、志賀光蔵と親しくしていた。その縁で志賀光蔵に引き取られて、ずっと一緒に暮らしてきた。
亡くなった母親について時々、志賀光蔵が語って聞かせたり、逆に真智恵に尋ねたり。そのような時間を過ごすことも多く、今日もそんな感じだったという。
「ふん。何を今さら……」
吐き捨てるような口調で、維偉斗が呟く。真智恵の証言なんて信じていない、という口ぶりだった。
「どういう意味ですかな?」
「『明日あなたが会いたいと』ですよ。あの小説は……」
明田山探偵が水を向けると、維偉斗が口にしたのは、志賀光蔵が死に際に抱えていた本のタイトル。
彼は何か説明しようとしていたのに、明田山探偵は微妙な違和感を覚えて、維偉斗の話を遮ってしまう。
「おや? この本は『明日あなたが会いたいと』なのですか? てっきり私は『明日あなたが会いたいと』かと思いましたが……」
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