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ー僕を消した理由ー
「おめでとう！」
皆に祝福されているのはチームメイト達。
バスケ部が県大会に優勝し全国大会へ初めての出場が決まった。
うちの高校初の快挙に緊急集会で校長からバスケ部が表彰されている所だ。
「全国大会も頑張ろうね！」
「「「「「おお！」」」」
壇上にあがっているのはレギュラーの５人そしてマネージャー。
生徒達から祝福され、６人は万年の笑みだ。
それを遠くから見ている僕は佐々木シン、バスケ部の補欠だ。
高校３年間、僕は公式の大会には出た事がない。
ただバスケットが好きで好きで誰よりも練習をしていたのにだ。
そう、僕には才能が無かった。
それでも好きなバスケットを頑張れたのはマネージャーの存在だった。
そのマネージャーの名は桜井ハルカ、僕の幼馴染だ。
ハルカとは家が隣で、物心ついた時からずっと一緒だ。
両親同士も仲が良くお互いの家へ行き来して一緒に食事する事も多い。
僕は昔からずっとハルカが好きだった。
「今日、帰り飯食べに行こうぜ？」
「うん！ あの駅前の新しいお店が良い！」
表彰が終わり教室帰る中でハルカと楽しげに話している男。
名前は黒木アキラ、彼は半年前に転校してきてバスケ部に入部した。
彼は授業でやる程度のバスケット経験しかなかった。
そして３年最後の大会、彼はレギュラーになっていた。
彼には才能が有った。
あっという間に僕より上手になった彼。
今年の３年生は６人。
彼が僕と入れ替わりでレギュラーに入り、僕は補欠におさまったというわけだ。
３年間ずっと勉強もおそろかにしてまでバスケットに打ち込んだ結果がこれだ。
つくづく才能がない自分が嫌になる。
うちの高校で全国大会に出場予定のバスケ部だけは３年生もまだ部活に参加している。
他の部の３年生は引退し受験勉強にうちこんでいる。
補欠の僕は今日も部活に遅い時間まで参加していた。
「「「おつかれさまでしたー！」」」
午後２１時、今日の練習が終わった。
後片付けもせずに皆楽しそうにワイワイと帰っていく。
「ハルカ！ 一緒に帰ろうぜ」
「うん！ 荷物取ってくる！」
ハルカと黒木君は仲良く２人で体育館から出て行く。
「ふぅ」
ボールを拾い集めながらため息をつく。
練習後の片付けは当番制だった。
しかし黒木君が入部してきてから、変わってしまった。
片付け当番の生徒を黒木君が寄り道に誘って連れて帰ってしまったのだ。
悪気はないんだろう。
単に彼が当番だったと知らなかったのかもしれない。
もちろん当番じゃない生徒達は当たり前に帰っていく。
誰が片付けるんだろうと気にして見ていた僕だけが体育館に残った。
それから同じような事が何度も続いた。
いつの間にか、皆の中で片付けをするという認識が無くなっていった。
「ふう、やっと終わった」
時計を見ると午後２１：３０だった。
真っ暗な帰り道を僕は走って帰る。
少し自宅が遠い僕は自転車通学せずにトレーニングの一環で走って通学している。
疲れているが歩いていたら帰り着くのは２３時過ぎてしまう……
軽く走りながら帰っている途中、ふと疑問に思った。
『こんな事に意味はあるんだろうか？』
補欠の僕が頑張った所で意味があるんだろうか、と。
さっさとやめて受験勉強した方が良いんじゃないか、と。
３年間、試合に出る事叶わず補欠のベンチなど、居なくてもいいんじゃないか、と。
惨めだった。
レギュラーになれなかった事、じゃない。
僕が補欠になった事を、試合に一度も出ていない事を誰も気にかけてくれなかった事がだ。
「これで全国行けるかも！」
ハルカでさえ黒木君がレギュラーになった時の感想がこれだった。
僕は全く期待されて居なかったのだ。
人数合わせの後片付け係だったのだ。
家に帰りつき、僕は将来の事について考えた。
高校３年にもなって今更、何をいってんだと思われるだろう。
だけど今まで本当にバスケットしかしてこなかったのだ。
バスケットをやめた後、僕は何かしたい事があるんだろうか。
そんな事を考えているとその夜は中々眠れなかった。
全国大会が始まった。
結局、僕はバスケ部を続けていた。
意味があるかの結論をだせないまま大会の日を迎えてしまった。
１回戦を快勝して皆が大喜びしている。
当たり前だが僕の出番はなかった。
「次もいけるいける！ 皆かっこよかったよ！」
ハルカが皆を鼓舞する。
可愛いマネージャーに応援されて皆の士気は上がった。
「厳しいな……」
監督が険しい顔で呟く。
２回戦の相手は優勝候補の高校。
後半残り１０分で３０点差。
どう考えても後１０分での逆転は無理だ。
監督がタイムをかける。
「残り１０分だが……」
「佐々木君、交代いける？」
「えっ？」
黒木君が思いがけない事を言い出す。
「あ、ああ。そうか、そうだな、佐々木いけるか？」
「……」
なんで今……僕を出すんだ。
負けが決まった最後の試合。
気のせいだと思いたいが、皆が憐れみの視線を僕に向けている。
黒木君は優しさからの行動かもしれない。
だけどその優しさは、僕にとって残酷なものだった。
お情けで思い出作りさせてくれるって事だ。
そう思い至った僕は吐き気を催した。
断ろうとしたその瞬間
「よかったね！ 頑張って！」
と、ハルカがドンと僕の背中を押した。
何がよかったと言うんだ。
何を頑張れと言うのだ。
自分でも嫌悪する様な思考が頭を支配してる。
思い人に同情と憐れみの目線で見られている。
高校で初めて出場した１０分間の試合は、まったく記憶に残らなかった。
敗北したうちのバスケ部は帰る準備をしていた。
「どんまい！」
黒木君が僕の肩を叩いた。
それに倣い皆が同じように
「どんまい」「どんまい」「どんまい」
呪詛の様に繰り返す。
何を気にしなければいんだろうか？
才能がないのに馬鹿みたいに練習していた事か？
３年間補欠でお情けで試合に出して貰えた事か？
お情け出場した試合では何も出来ず終わった事か？
ハルカが黒木君と手をつないで歩いている。
大好きだったバスケットが嫌いになっていた。
大好きだった幼馴染が全然知らない人の様に思えた。
そしてそんな醜い思考に支配されている自分が嫌いになっていた。
僕は間違ったんだ。
バスケットを好きになった事も。
幼馴染を大好きになった事も。
何もかもを消してしまいたかった
バスケットに夢中だった楽しい思い出も。
大好きだった幼馴染との思い出も。
そして間違ってしまった自分自身もろとも消してしまいたかった。
こう言うと勘違いされそうだが、死のうだなんて微塵も思っていない。
僕は全国大会後、ひたすら勉強に打ち込んだ。
この先の将来、僕が何をやりたいか……まだ分からない。
だけど、未来の選択肢を増やす為に勉強は欠かせないという事は分かる。
今の僕に出来る事は、バスケット脳を勉強脳に切り替える事だけだった。
将来の事を考えた時に大学の費用について調べたら、とんでもない金額だった。
当たり前だが高校にもかなりのお金がかかっている。
バスケットの事や幼馴染の事だけしか頭に無かった僕は自分を恥じた。
当たり前の様に通っていた高校は義務教育ではないのだから。
急に勉強に打ち込みだした僕の様子を両親が心配してくれた。
将来について悩んでいて今は勉強をして先の選択肢を増やしたい、と告げた。
すると、ありがたい事に両親は大学に進む事を許可してくれた。
少し前までは、自分が世界で一番不幸なんじゃないかと、思い上がった事を僕は考えていた。
そんな事は無い。
少なくともこんな両親に恵まれているだけでも僕は幸せ者だろう。
ふと隣の家の窓を見つめる。
以前は窓越しにハルカとよく話をしていた。
全国大会以降、夜電気が消えている事が多くなった。
しばらくは気にしていたが勉強に夢中になってそのうち僕は気にしなくなった。
あっという間に卒業式の日がやってくる。
僕は勉強の才能があったらしくメキメキと成績が上がった。
というかおそらく勉強の才能では無く、１つの事を延々と続ける才能が有ったんじゃないかと思う。
東京の難関大学に合格したのだ。
春からは東京で一人暮らししながら大学へ通う。
お金がかかる遠方の大学を許可してくれた両親には感謝しかない。
かならず将来親孝行をしようと心に誓った。
何事も無く卒業式が終わった。
クラスメイト達は別れを惜しみ、何やら話し込んでいる。
僕には話す相手も居ないので早々に帰宅すべく教室を出た。
「ねえ、ハルカ妊娠してるんだって！ 黒木君の子供」
「まじ？ え、大学は？」
「２人とも進学しないんだって、すぐに結婚して黒木くんが働きに出るんだって」
「えー、展開速い！ 私も結婚したいー」
「その前に彼氏作れ！」
女子生徒が噂しているのが聞こえた。
不思議とショックは受けなかった。
そのまま何事も無く僕は帰宅した。
１０年後
大学在学中にあれこれ挑戦した結果、卒業後はＩＴ系企業に勤める事となった。
まだ出来たばかりの新しい会社だったが、実績は急速に右肩上がり。
僕が入社した後もどんどん事業拡大していった。
入社６年目の僕は歴史の浅い会社の中では古株だ。
お給料も結構もらえる様になったので毎年欠かさず、両親の結婚記念日にプレゼントを贈っている。
高校の同窓会の案内が来た。
地元の居酒屋に集まっていた面々は懐かしい顔ぶれだった。
しかし、特に仲が良かった友人も居ない僕は当たり障りのない話をした。
席を見渡すと隅の方に小さな子供を抱えたハルカが見えた。
黒木君との子供だろうか、妊娠していたのは１０年前だからまた別の子だろう。
ハルカを見ても何も思わなかった。
うん。昔の嫌な自分は消えてくれている様だ。
今日来た目的は以前の様な、嫌な思考の僕が残っているかを確かめたかったのだ。
結果、ネガティブで報われない恋をしていた以前の僕は、きれいさっぱり消えていると確信できた。
「えー！ 佐々木君ってＡ社の人なの！」
「まじ！ すげえな、そういや良い大学行ってたよな」
「バスケしかしてる印象が無かったのに！ いつのまにそんなデキる人に！」
近況を話す過程で職場の話をしたら騒がれた。
それもそうだろう、Ａ社と言えば今では超有名企業になったのだ。
皆の熱量に圧倒され、隅の席へと僕は避難した。
「ふぅ」
「大人気だったね」
ハルカが横に座っていた。
「久しぶりだね」
「ああ、久しぶり」
「お兄ちゃんだれ？」
ハルカが抱っこしている男の子が無邪気に僕を見ている。
「僕は佐々木シンだよ」
「ふーん、ボクは桜井サトシだよ！」
桜井……黒木では無いんだな。
「ごめんね、人見知り全然しなくて、この子」
「ううん、可愛いね、何歳かな？」
サトシ君の頭を撫でる。
「３、４……５歳だよ！」
「おお、ちゃんと自分で言えるの偉いね」
再び頭を撫でる。
「子供好き？」
「うん、多分」
「多分？」
「子供と接した事がほぼないからね。サトシ君が可愛いと思うから僕は子供好きだと思う」
「そっか、私実家に居るから帰ってきたら会えるよ」
「そっか、そういえばしばらく帰ってないな」
どちらかと言うと両親の方が僕の家に来るからほとんど帰る事が無い。
「シンは凄く頑張ったんだね」
「そうだね、バスケットも頑張ってたんだけど向き不向きがあるんだなと、今更気づいたよ」
「シンは誰よりもバスケット頑張ってたもんね」
以前の僕ならばこの言葉を素直に受け取れなかったと思う。だけど今は
「そう言ってもらえるだけで報われたよ」
「……そっか」
彼女はあの試合の時の事をどう思っているんだろうか。
まあ、今の僕が気にしてもしょうがないな。
あれは消えてしまった以前の僕の思い出だ。
などと話していると店内がザワザワしだした。
「シンが浮気してる！」
「ナミ、同級生と昔話してるだけだよ」
「酔ってるでしょ！ 迎えに来た！」
「そっか、わざわざ遠くまでありがとう」
「シン？ この人は？」
「ああ、彼女は」
「嫁です！」
「まだ違うだろ」
「近々嫁です！」
「なんだそりゃ」
Ａ社で出会った彼女は、相川ナミ。
僕の上司で、Ａ社の社長で、僕の婚約者だ。
控えめな僕とは正反対のハツラツ美人だ。
会社を興して間もない時に、僕が彼女の会社に入った。
それからずっと僕達を中心に会社を育て上げた。
お互いがお互いの欠点を埋め合い尊重し合う関係だ。
「って事で、うちのシンを持って帰ります！ お邪魔しました！」
「またね」
「ああ、またね」
子供と一緒に手を振るハルカは少しだけ寂しそうに見えた。
「さっきの美人が例の幼馴染でしょ！」
「う……ハイ、ソウデス」
「ドキドキしたりしてないでしょうね！」
「してないよ、僕はナミが大好きだからね」
「！ そ、そんな事でごまかされないからね！ 浮気したらコロス！」
「ははは、可愛いねナミは」
以前の僕は消してしまったが、今の僕はとても幸せだ。
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