思い出

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思い出

もうほとんど花びらの山になったそのボール。 引き寄せられるように近づく。 「埋まってる、なあ。  ある、なぁ。」 何かを考える前に、手はそのボールを持ち上げ ていた。被っていた花びらがさぁっと落ちた。 目の前でよく見ると、ボールに消えかかった 文字が書いてある。イニシャルだ。 「‥‥‥これ、‥‥俺の、じゃね?‥っ?」 突然に子供の頃の記憶が甦えってくる。 看護師の母は家に居ないことが多かった。 父はいつも家に居て遊んでくれた。ある日、父 がサッカーボールを買ってくれた。 俺は嬉しくてマジックで名前を書こうとした。 父が、名前を書くよりイニシャルがカッコいい と言い、書き方を教えてくれた。たどたどしく 書いた2文字のアルファベット。 夜勤明けで帰宅した母は、俺がボールを抱えて 寝ている様子を見て激昂したらしい。 結局、それが両親の離婚のきっかけになった。 一緒に誕生日を祝いたかった母の気持ちを、父 が理解できなかったから、らしい。 離婚後の父は他県の工場で仕事につき真面目に やっているとだけ聞かされた。 その後小学生になり母は新しいボールを買って くれたが、俺は、それには何も書かなかった。
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