後宮夜譚

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 そんな時でもこのまま死ねば、窒息死ということになるのかしらと、ばからしいことが夫人の頭によぎった。  あわてたのは男だった。  女の口に手をこじいれて塊を引きだそうとして悪態をつき、震える背中を周囲に涙や鼻水が飛び散るほど激しく叩いた。  四度目にやっと、大きな塊が女の内側で、とおろりと落ちていく。  夫人は男の足元に崩れ落ちた。 「ったく、飲み込むってなんて女だ。俺はあんたの腹を割いてまで真珠を取り出すつもりはないぜ。どんな高価で貴重な物でもしょせんただの物にすぎないだろ。墓に愛蔵品やらなにやら入れて奉るのも、死者のためというよりも残されてしまった側の気持ちの問題だ。いまここにある命のほうが、よっぽど貴重でなにものにも代えがたく価値があるって思わないか?たかが真珠ごときで死のうとするなんて、殷国の女はまったくわからん」 「たかが真珠ごときではないわ。国宝よ。三年前に婚姻の印として賜った十番目の妃の証の大真珠よ」 「真珠が妃の証だって?そういや、秀王の美人の妃たちは宝石の名で呼ばれていたが、その真珠のように国宝をみんな持っているってことか」  ごちそうを目の前にした腹を空かせた子供のように盗賊は目を輝かせたが、すぐさま眉間を寄せた。 「……王は三年前もご老人だろうに。あんたはたいそう若い。他の妃たちも女盛りだ。年がつりあってないじゃないか?」 「子を産まなかった女や王の訪れが一年ない女は離縁され、新たな妃が娶られる。子を産んだ女は離宮に体よく追い払われる。わたしは五代目の真珠夫人なの。このままあなたたちの饗宴が続く限り、あと三日で、王の訪れのない一年となるでしょう。そうなれば王は、名分を得てわたくしと離縁できる。代わりに新たな夫人が迎えられ、六代目の真珠夫人と呼ばれ、後宮は若返ることになるでしょう。その時に真珠が必要とされるの。真珠夫人たる大真珠を失ってしまえば、わたくしは罰を受け、離縁される以前に生きて後宮からでることはないでしょう」  馬賊の若者は夫人の代わりに憤慨した。 「一年夫婦関係がなければ離縁だって?あんたはそれでいいのかよ?……ったく。その真珠が必要なら今すぐ吐き出した方がいいんじゃないか?胃酸でピンクの真珠層が溶けちまうぜ。下からひねり出した時にはただの石の礫だ」  消化のことが念頭になかった女は蒼白になった。
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