マッチ売りの少年

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 食卓はまだ消えていなかった。食事もそこにある。アルベールは手を伸ばす。その皿に、触ることができた。できたのだ。  チキンから手をつける。空腹のままにがぶりと噛み付くと、口の中に広がる甘じょっぱい味付けに彼は顔をほころばせた。噛むたびに肉汁があふれ、弾力のある肉は食べ応えがあり、久々の肉料理の感触に感動でぼーっとしてしまう。  いけない。シチューもケーキもあるんだった。アルベールははっとなって、他の二皿を見る。  シチューの皿に触れる。深さのある容器から温もりが伝わる。気がつくとそばに置いてある銀色のスプーンで、すくって口に入れる。  あたたかくて、おいしい。  まろやかな口当たりの中に、コンソメの優しい味がある。他の具も、と野菜を食べる。どれもしっかり煮込まれていてほろほろだ。  このシチューやチキンを作った人は、誰なのだろう。ふと不思議に思い、アルベールは周りを見る。  奥にあるキッチンに、人影があった。 「誰?」  声をかけると、その人はこちらへやってきて、ケーキにナイフを入れていく。 「あらあら、すごい食欲ね。お腹空いていたのかしら?」  その声は、紛れもない、あの人の声だった。 「お母さん!」  声を出した瞬間、あたたかな幻想が薄れていく。 「待って!」  マッチを擦る。雪の降る中、風にさらされてもマッチの火は煌々と少年の瞳を照らし続ける。
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