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あぁ、こんなに自分の気持ちに正直になったのは久々だ。
少年が余韻に浸っていると、真っ暗な視界の中、手を叩く音が聞こえた。
これも、幻想だろうか。マッチの効果がまだ続いているのだろうか。
しかし、いくら待っても拍手は鳴り止まない。しかも、複数の人の拍手だ。
少年ははっとなって目を開ける。
目の前には、大人と子供合わせて十数人がいた。彼らは皆、アルベールを見てにこにこと笑っている。
「マッチ、ください」
「俺も!」
「私もひとつ」
こちらに出されたいくつもの手のひらに、アルベールは驚いた。お金をもらい、それと交換にマッチを渡していたらいつの間にか在庫がなくなってしまった。空っぽのカゴを見て、少年は肩を落とす。
「ごめんなさい、もう……」
「じゃあ、これはおひねりだ! もらっといてくれ」
「えっ、そんな、僕……」
「いいんだぜ、少年。また聞かせてくれ!」
中年の小太りの男性はそう言って笑う。アルベールはお札を握りしめたまま、街に消えていく男性の背中を見つめていた。
「こんな素晴らしい声の持ち主がいるとはね」
ふと、男性の声が聞こえて少年はその方向を見る。
高齢の男性ひとりと、子供たち数名がいた。少年少女から、青年まで。しかし、それはただの集団ではなかった。
彼らはみな、赤いベレー帽をつけていた。あのケーキの上のいちごのような、新鮮な赤の色。
「おっと、挨拶が遅れたね」
男性はベレー帽を取って礼をする。
「私たちはベリー合唱団。この街の合唱団さ。知っているかい?」
それは、どこまでもきらきらと輝く星のように、手の届かないと思っていた。
「うちの合唱団に入らないか?」
そんな人たちが今、アルベールに向かって手を差し伸べている。
「はい!」
美しい声の持ち主の少年は、歓喜と驚きでじんわりと涙を流しながらその手を取る。その瞬間、お腹が鳴ってしまった。
「おやおや、ご飯を食べていないのかい?」
「……はい」
恥ずかしくて俯いていると、老人は笑って少年に問いかける。
「これから食事なんだ。君も一緒にどうかね?」
「今日はケーキを予約しているんだ。クリスマスだからね」
合唱団の青年が誇らしげに言う。
「い、いいんですか……?」
「もちろんさ。その分、明日から新年のお祭りに向けて合唱の練習に付き合ってもらうけどね。いいかい?」
老人の提案した条件に、アルベールは大きく頷く。
「はい!」
この後に待ち受ける食事と、ずっと待ち望んでいた歌の練習に、アルベールは期待に胸を躍らせる。
ベリー合唱団のみんなが歩くその後を、彼はついていく。前に、進んでいく。積もった雪を踏みしめて。
その後、歌の飛び抜けてうまいマッチ売りの少年が現れることはなかったという。一度きりのソロの歌声を聴きたかったと、街の人の会話で少しの間噂になったとか。
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