マッチ売りの少年

「マッチ、いりませんか」

　クリスマスの寒空の下、どんよりと暗い街中に少年の幼い声が響く。その声に足を止める者はいない。大人たちはみな、自分のことに精一杯で、この貧しい少年のことなど気にかける余裕はないのだ。

　少年はアルベールという。彼は数時間声をかけ続けてもひとつもマッチが売れないという現実にしゃがみ込んだ。雪の積もる灰色のタイルは、お尻をつけるには冷たすぎる。彼の膝小僧は赤くなっていた。

「おなか、すいたなぁ……」
　ぼそり、漏れた本音は通行人の足跡でかき消される。

　おなかとせなかがくっつくなんて言うけど、本当にそんな感じだ。帰ったところで、満足に食事は食べられない。お父さんは、いつも僕をぶつ。少しでも酒に酔ったお父さんの怒りを抑えるために、この箱のマッチを売り続けなきゃ。

　そして、アルベールは気づいた。

　これ、『マッチ売りの少女』と同じ状況ではないか……？　と。
　あのアンデルセンの童話である。少年もかつて読んだことがあった。

　もしかして、と彼は思う。ここでマッチを擦ったら、食べ物が食べられるだろうか、と。

　そう思ったら、少年はもう、ひどい空腹になりふり構っていられなかった。どうせ売れなくて拳が飛んでくるのなら、ここで使って怒られるのも同じだ。

　立ち上がってマッチを取り、火をつける。オレンジの明かりがぽうとアルベールの顔を照らす。