僕が街から消えたわけ

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 穴の中の世界。そこは楽園のようだった。一面の花畑、笑いながら白く揺らぐように宙を泳ぐチョウチョを追いかける。  先に穴をくぐった人たちもいた。  ここで誤解のないように断っておくと、結果的に僕は穴に飛び込まなかった。  いや、飛び込めなかったのだ。  両足のない僕の跳躍力では空間に浮かぶ穴には届かなかったからだ。  でも、穴の向こう側の世界は覗き見えた。  それは、遠慮も留保もなく、躊躇ない正真正銘の至上の楽園だった。  でも、僕はそこへたどり着けなかった。  地獄を具現化している休日の夕闇迫る通りに取り残された。  残念かって?  いやいや、実はそんなことはない。  強がりではなく、本当に心から、僕は今を楽しんでいる。  瓦礫と廃墟の世界で、あの楽園のチョウチョのようにも感じさせてくれる逃げ惑う人体を、笑顔で追いまわす楽しい日々。痛みは感じない。お腹も減らない。ただこっちの楽園で愛らしい人間を追い回す。  そのかわいさに思わず噛み付いてしまいたい気分になる。  その瞬間に脳内物質がドバドバと湧き出して感じる多幸感。  そして、そんな充足した日々が流れるなかで、仲間がどんどん増えていくよろこび。僕の時間は明日へと繋がっていく。正直言わせてもらって、本当にうれしい。
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