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眼前には、崩壊した鉄骨むき出しの街並みが広がっていた。その一角、ひっそりと佇む雑貨店の前の空間に黒くて丸い不自然な影があった。それはまるで穴のように空中にぽっかりあいていた。
どう考えても光学的にも自然にできた影ではない。中心は真っ暗闇だが穴の周囲はうすボケて穏やかな川面にできる波紋のように歪み揺らめいてぼんやり向こうの景色が透けていた。
空間に穴? もちろんそれは一般的な意味での穴ではない。が、便宜上僕はそれを穴と名付けることにした。
それはまるで使われなくなって久しい郵便ポストのように街に溶け込んでいた。その穴は街には無用の長物であり、無視される存在のようだった。いや、それ以上に、その存在が人々(もしくはゾンビたち)には瞳には映っていても、見えてないのかもしれない。
しかし、その穴は人々には見えてないはずなのに、誰もがその存在を無意識に認識し、人々は上手にそれを避けて行き交っている。穴はまるで、街の一部である当たり前の存在として溶け込んでいるかのようだった。
時折、そそっかしい人(もしくはゾンビ)が穴にぶつかってしまうこともある。その時、それが単なる影でもなくメタファーとしての穴でもなく、実際的に空間にできた穴であることの証に、ぶつかってしまった人物は穴に飛び込むように吸い込まれ、現実的にも物理的にも確実にかつ完全に消えてしまった。しかも不思議なことに、そこには悲しみも恐怖も残っていない。穴は、消えてしまった人の記憶や印象さえも、街から消し去ってしまうようだった。
それで、僕も街から消えたくなった。
このままゾンビになって人を襲って生きていくことを生業にするのは嫌だった。誰もいない静かな場所でただただ一人になりたい。そんな強い欲求が胸を圧迫した。
すすけて汚れたコンクリートの壁にもたれていた僕は腿の付け根から先がないカラダを無理やり起こしてゆっくりと両手を使って這うように進み、穴に近づいた。もちろん穴の向こう側には何があるのかを僕は知らない。でも、もう後戻りはできない。
深呼吸をして、穴に飛び込む準備をした。1、2、3とカウントしてリズムを刻み、勢いをつけて穴に身を投げた。
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