継母殺しのシャンデリラ

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継母を殺害した容疑で、15の少女が捕らえられた。彼女の名前はシャンデリラ。 ガランとして薄暗い尋問部屋。その中の粗末なテーブルに向かい合う形で王兵と少女が座っていた。王兵がきりだす。 「では、シャンデリラ。本当に君が継母を殺したのか」 問いかけられた少女は無感情にただつぶやいた。 「私が継母であるミース=カルティラを殺しました。彼女はカルティラ家の悪魔。私は復讐を成し遂げたのです。」 可憐な少女が物騒な物言いをするため、王兵はわずかにたじろいだが、すぐに我に返り尋問を続ける。 「なぜそのようなことをしたのか、理由を話しなさい。」 シャンデリラは無感情に、言葉を紡ぎ始めた。 ―――3か月前 シャンデリラは早くに母親を亡くした。それから父の再婚相手である継母ミース=カルティラと、その連れ子であるリリイ=カルティラ、ラァラ=カルティラと共に生活するようになった。父がいたころはよかった。優しい母、仲良しな姉二人。ごく普通の幸せな一般家庭に見えていただろう。 しかし、仕事の都合で父が家に帰らなくなると、事態が急変した。継母と義姉2人による、シャンデリラへのいじめが始まったのである。 「シャンデリラ!私のドレスをはやく洗濯なさい!」 「シャンデリラ!床が汚いわ、早く掃除なさい!」 「シャンデリラ!昼食の準備はまだかしら?本当にグズなんだから」 このようになじられながらもシャンデリラは文句も言わず懸命に働く。そんな彼女を近所の人々は気の毒に思いながらも、助けてやることはできない。なぜなら、継母の一族・カルティラ家はこの国有数の大貴族であり、カルティラ家の者に逆らうとなれば一族郎党根絶やしにされかねない。 ある日の夜、継母ミースが義姉リリイとラァラを連れてパーティーに出かけようとしていた。そこへシャンデリラが駆け付け、懇願する。 「お母さま、私は今日の炊事、洗濯、お掃除すべてのお仕事をこなしました。どうか今夜のパーティーに私も連れて行ってください。あの頃の――お父様と暮らしていた時のように。」 うるうるとした目で訴えかけるシャンデリラに、継母ミースは一言、 「弁えなさい」 とだけ告げて、さっさと馬車に乗り込んで行ってしまった。 その場にへたりこんで泣き出すシャンデリラを見ていた近所の者たちが懸命に励ます。 「あんな奴らいつかきっと天から罰が下るだろうよ」 「本当にシャンデリラは頑張っている。気を落とさないで。」 シャンデリラを手助けする魔女も、言葉を話すネズミや小鳥もこの世界にはいない。しかし、ここには彼女を励ます人間が存在するのだ。 彼らの言葉に心を救われたのか、シャンデリラはさらに涙をこぼすのであった。 パーティーの一件から数日たったころ、王室から使者が尋ねてきた。なんとも、パーティーに残されたガラスの靴を履いた女性に王子が一目ぼれしたんだとか。その話を聞くやいなや、義姉のリリイとラァラは一目散にシャンデリラに近づき、彼女を地下室に閉じ込めてしまった。 結局、王室からの使者はシャンデリラの存在に気づかず、彼女にガラスの靴がはまるか検証もせずに帰って行ってしまった。 ―――現在・尋問部屋 「そんなことがあったのか。つらかったね。君は彼女たちのいじめに耐えられず、継母を殺してしまったのだね。」 王兵の言葉を受けて「ええ」とだけ答える。 無感情なシャンデリラを励まそうとしてか、王兵は口を開く。 「けれど君は運がいい。君の継母の一族、カルティラ家には謀反の容疑がかけられて、一族皆殺しの命令がくだっていたんだ。だから、君は罪には問われないよ。」 王兵の言葉に少女は眉をひそめる。そしてあざけるように話す。 「運がいいですって?私はまだ、憎き義姉のリリイとラァラに手を下せていないのよ。奴らを葬れないのなら、罪に問われたほうがマシだわ。」 「ほう」 何か意味を含んでいそうな相槌を打つ王兵に、シャンデリラは怒りと疑問の目を向ける。 「実はね、死んだよ。君の義姉たち。ふたりとも。」 「え。」 よほど衝撃だったのか、少女は初めて当惑の表情を見せる。 「君の義姉たちは継母の策略によって、カルティラ家の遠縁の家に預けられていた。しかし、さっき言った通り、カルティラ家は謀反の罪で皆殺しの令が出されていただろう?だから、その遠縁の者たちが罪人を匿うことに耐えきれなくなり、預けられていた娘二人を殺しだんだと。」 王兵が話し終えた途端、彼女は涙をこぼしていた。そして、突然狂気的な笑みを浮かべ、それまでとは打って変わってはっきりとした口調で王兵に告げた。 私が殺してやりたかったのに、と。 あふれんばかりの殺気をまとわせた彼女に、さすがの王兵も背筋が凍る思いであった。 「ま、まあ、シャンデリラ。君は罪には問われないよ。出て行ってくれてかまわない。」 晴れてシャンデリラは自由の身となった。彼女は狂気的な笑いをこぼしながら、留置場を後にする。彼女の後姿を見送る王兵は思う、悪魔にいじめられた少女は壊れてしまったのだと。彼はただただ、シャンデリラへ同情の念を送るのであった。 外に出ると、あたりはすでに暗かった。あたりに誰もいないことを確認すると、少女は笑みをくずし、ただただ涙をこぼした。そこには、先ほどの狂人は姿を消し、ただ15の可憐な少女がいたのだった。 彼女は思い出していたのだ。継母と義姉から“いじめられていた”日々を。 ―――3か月前。シャンデリラへのいじめが始まる前の日。 継母ミースは自室に義姉リリイ、ラァラとシャンデリラを集めた。 「あなたたちに話しておかなければならないことがあります。私の一族、カルティラ家が謀反の嫌疑をかけられているの。だからあなたたちのお父様は長らく家に帰ることができない。今はまだ直接的な動きは出ていないけれど、近いうちに一族皆殺しの令がでないとも限らない。」 リリイ、ラァラ、シャンデリラは息をのむ。そんな3人をなだめるように、ミースはさらに言葉を続ける。 「あなたたちのことは私が必ず守るから、安心なさい。リリイとラァラは遠縁の家にあずけることにします。けれどね、シャンデリラ。あなたは同じ屋根の下、家族として暮らしているけれど、書類上私たちは家族ではないの。カルティラの一族は血統を重視する者が多いから、血縁でないあなたに何をするか分からない。遠縁であってもね。だからあなたは、そちらに預けるわけにはいかない。」 しょんぼりとするシャンデリラに、リリイとラァラは励ますように抱き着く。そして、さらに継母ミースが言葉を重ねる。 「ああ、落ち込まないで。私もリリイとラァラと同じように、あなたを本当の家族のように思っているわ。けれどね、これは好都合なの。あなたはカルティラの一員ではないから、処刑の対象ではない。ただ、周りの目はそうは思わないでしょう。災いの芽は摘んでおくべきだわ。」 何を言っているのか分からないという表情のシャンデリラに諭すようにミースは言葉をつなぐ。 「だからね、明日から私とリリイ、ラァラはあなたに冷たい態度をとるわ。あなたに家事をすべて押し付けて、心無い言葉であなたをなじる。あなたが転んでも、泣いても私たちは振り向きもしない。」 頭が混乱して事態を飲み込め切れていないシャンデリラに代わって、リリイとラァラが口を開く。 「そんなことできるはずないわ。シャンデリラにそんなこと!」 「そうよ!シャンデリラは私たちの大切な妹なのよ!」 抗議する2人をミースは諭す。 「ええ。私たちの大切な家族。だからこそ、私たちで守るの。他人の目を欺いて、シャンデリラが私たちの、カルティラの一員だと思われないように。王室の刃がシャンデリラにも向いてしまわないように。」 事態を理解し始め、焦りとも悲しみともとれる表情を浮かべるシャンデリラにミースは優しく語り掛ける。 「私たちの明日からの悪態をどうか許してね、シャンデリラ。 それでも、覚えておいて。私たちはあなたのことが大好きで、心から愛していることを。」 涙を浮かべるシャンデリラに、同じように涙を浮かべるリリイとラァラが両側から抱き着く。継母ミースも涙ぐみながら彼女たちに告げる。 「さあ、今日が私たちが家族である最後の日よ。みんなで同じベッドで寝ましょう。身を寄せ合って。一生分の家族の絆を誓いましょう。」 次の日から、継母ミース、リリイ、ラァラはシャンデリラにきつくあたった。彼女をただの使用人のように扱い、それを近所の人間にも見せつけた。彼女たちはシャンデリラをなじる。しかし、その冷たい瞳の奥には、彼女たちにしか通じ合えない深い深い愛情であふれていた。 ある日はパーティーの知らせに背筋が凍った。これは、カルティラの人間をおびき出すための罠である。しかし、出席しなければ世間からの風当たりはさらに強くなるだろう。 ―――「どうか今夜のパーティーに私も連れて行ってください。あの頃の――お父様と暮らしていた時のように。」 涙ぐんだシャンデリラを前にすると、継母ミースもリリイとラァラも心が痛かった。もちろんシャンデリラ自身もパーティーが罠であることを分かっていたはずだ。さらに、パーティー内でもカルティラ家の人間は、突き刺すような視線にさらされるだろうことも。そのようなことを分かったうえで、私も行きたいとシャンデリラは懇願しているのだ。私も共に戦うのだと。なんて健気な子なのだとミースは心を打たれるも、そんな彼女だからこそ私たちが守らねばならぬのだと、心を鬼にして「弁えなさい」と言い放った。ミースは馬車の中、こらえきれず涙を流した。 ある日は王室から使者が尋ねてきて、心臓が止まる思いだった。これは、カルティラ家の一族の居場所を突き止めている、いつでも押しかけることができるぞ、という王室側からの牽制である。ここで、シャンデリラの存在が公になれば、共に暮らしていると王室にバレてしまえば、彼女の立場が危うくなるかもしれない。リリイとラァラは必死の思いでシャンデリラを地下室へと隠したのだった。 そして、ついにその日がやって来た。王兵が屋敷へと乗り込んできた。継母ミースはリリイとラァラを遠縁に預ける日程を早めておいたことに安堵する。 そして、王兵が自室に乗り込んでくる前に、とミースはシャンデリラに最後の“いじめ”を言いつけた。 「シャンデリラ、私を刺しなさい。王兵が入ってくると同時に、見せつけるように。そうすればあなたは、あなただけは助かる。その後、殺人の容疑をかけられるかもしれない。その時は、呪文のようにとなえなさい。私は復讐を成し遂げた。カルティラ家の悪魔をやっつけたと。」 ナイフを渡されたシャンデリラは荒く息を吐きながら、目に涙を浮かべ、ぶんぶんと首を横に振っている。 「できない!」 「できないはだめよ。それではこの三か月の努力が水の泡よ。」 「嫌だ。できない!」 「いい加減言うことを聞きなさい。できるわ、あなたなら。すべてが片付いたら、リリイとラァラとおち合ってまた三人で暮らすの。あなたは生きて、幸せになるの!」 笑顔でナイフを手渡すミース、泣きじゃくりながらそれを拒絶するシャンデリラ。二人の攻防戦はいつまでも平行線をたどるばかりであった。 ドカドカと王兵が階段を駆け上がる音が聞こえてくる。もう、すぐにでもこの部屋の扉を開けてしまう。そう悟った継母ミースは、刃を自分に向けた状態でシャンデリラにナイフを握らせ、ゆっくり彼女を抱きしめた。ミースがきつく彼女を抱きしめるほど、ミースの腹に深く深く刃が刺さってゆく。 シャンデリラが悲鳴をあげると同時に王兵が部屋の扉をいきおいよく開ける。 そこからのことはよく覚えていない。気づけばシャンデリラは薄暗い尋問部屋にいて、王兵と相対していたのだった。 ―――シャンデリラが尋問から解放された後 泣き止んだシャンデリラはミースらと暮らした屋敷の庭へと向かった。そして、時間を忘れて、泥だらけになりながら、ミース、リリイ、ラァラの墓を作った。もちろんその中は空洞である。シャンデリラは三人を手厚く葬ってやりたかったが、彼女たちは謀反人の一族である。そのため、王室によって遺体は火あぶりの刑に処された。彼女たちは灰となり、街風に乗せられてどこかへと消えてしまった。 出来上がった三つの墓を前にシャンデリラはつぶやく。 「楽しかったなあ。幸せだったなあ。」 リリイの墓に手を当てる。まるで彼女との思い出を懐かしむように。 「“いじめ”が始まってからは、私が炊事を担っていたけれど、本当はリリイのほうがお料理が得意だったわよね。もういちどあなたのアップルパイが食べたいわ。」 次に、ラァラの墓を優しくなでる。 「ラァラは引っ込み思案だった私を、お外に連れ出して木登りを教えてくれたわね。あとでミースに危ないってひどく叱られたけれど。」 最後に、ミースの墓に手をのばす。 「ミース―――。もうあなたのお説教を受けることもできないのね。小言を聞いて、軽口をたたくあのやりとりも、もうできないのね。」 シャンデリラは幼いころからミースに愛されている自覚があった。実子のリリイとラァラと遜色ないほど、ミースはシャンデリラを大きな愛で包み込んでいた。ミースとの思い出が走馬灯のように、シャンデリラの頭でよみがえる。 「私が消したの。私があなたを消したのよ。」 言葉にもならず、ミースの墓に泣き崩れるシャンデリラ。そんな彼女をなだめるかのように、夜風が頬をなでる。夜が明けるまでシャンデリラはその場を動くことができなかった。
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