這っても黒豆

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這っても黒豆

「今回は絶対勝てる!コレが来んかったらもうマジで競馬なんか辞める!ホンマに辞めたるからなっ!」 日曜日だというのに家でゴロゴロしていた娘が、やっと起きてきたと思ったらリビングのテレビに齧り付いて何やら独りで言っている。明子は乾燥が終わった洗濯物をリビングに持ち込み畳み始めた。 「誰も競馬してくれって頼んだ覚えは無いやろけどな」 言ってみたが娘の耳には届かなかったらしい。 お目当てのレースが始まる様だ。ファンファーレが鳴り響く。時間からしてメインレースだろう。娘の本命馬は中々の滑り出しを見せた様だ。 「そこや、行けーっ!よし!よしっ!!よっしゃー!!!」  おっさんの様に声をあげる娘をやれやれと見つめながら明子はせっせと洗濯物を畳む。 「えっ、何、何や!どーなってんねん、どっから出てきてん、何やその末脚っ!アカンっ、アカーン、粘れっ!粘れって、ビーンズ!ビーンズーゥ!ああーっ!!!」    やれやれ。どうやら今回も駄目な様だ。どうせ駄目でも競馬は辞めないのだろうが……勝てた試しもないくせに、娘は相も変わらず競馬に入れあげている。 「判定かっ?!いや、ブラックビーンズの勝ちやろっ!勝ちやと言うてくれーっ!!」  数秒後。 「あああぁぁぁぁーっ!」 (はい、負けたー)  明子は畳み終わった洗濯物を抱えて娘の断末魔を聞いていた。 「嘘やっ!絶対ブラックビーンズが勝ってたやん!インチキやーっ!!」 (ブラックビーンズ?!黒豆か?そんな名前の馬、勝てるわけ無いやん)  やれやれと洗濯物を手に立ち上がる。娘はテレビに張り付いてビデオ判定を見ながら更に叫ぶ。 「鼻差?!鼻差ないでっ!同着や、同着っ!!同着やん、どう見ても!!!納得いかんわ……陰謀や!これはJRAの陰謀やーっ!」  絨毯を転げ回って叫ぶ娘を見ながら明子は思う。  黒いものが落ちていて、アレは黒豆だ!といった人は、その黒い物が這い回り出して虫だとわかっても、絶対アレは黒豆だと言い張る。明らかにわかっていても自分の間違いを認めようとしないことを例えて「這っても黒豆」という。 「アンタみたいなんを、這っても黒豆ゆうねん」 「這ってへんっ、駆け抜けたわっ!ブラックビーンズは負けてないっ!!」  涙声で言い返す娘に、はいはいと明子は洗濯物を渡した。
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