見つめたその先に。

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沢田(さわだ)、ちょっと肩貸して。靴に砂が入ったみたい」  体育の時間、ウォーミングアップに運動場を何周か走らされた後、そう言って彼が僕の肩に手を乗せてきた。  さっきまでずっと走らされていたというのに、彼は相変わらず無表情で。  短く切られた前髪の下から見える汗でしか、走った事実を確認できない。 「いいよ、ってかもう乗せてるじゃん」  突然彼に触れられ、大したことでもないのに心臓がうるさく鳴った。  近づいた彼にこの鼓動を聞かれるのでは? とそれが気になり、誤魔化すようにわざと何度か咳をする。 「ありがと。助かる」  そんな僕に違和感を持つことなく彼は低めの声でそう言うと、少しも動かないその表情を僕に向けた。  それから僕の肩に乗せている手に力を込める。  けれど僕にはやっぱり彼が無表情ではなく、ほんのちょっとだけにこりと微笑んだように見えるのだから不思議だ。  本当にそうなのか、それとも僕の願望なのか分からない。  ただ後者だったら、それは僕にとってとても怖いもの。有り得ない名前を付けてしまいそうになったあの感情のせいなのか。  だからそれは考えたらダメだろ、と、首を左右にぶんぶん振ると、彼にじっとしていろと怒られた。  肩を貸してやっているのに、何で怒られなきゃならないんだ。 「バランス取れなくなるから、少しの間じっとしてて」  「……っ、」   耳元で囁かれ、なんだか背筋がぞくりとした。鼓動が早くなる。    「まだ……?」 「待って。両方とも入ってるから」  靴を脱ぐために少しかがんだ彼を、ぼんやりと眺める。  ……長い睫毛だなぁ。切れ長の細い目は、臥せると色気が増す。  きっとバランスを取るために力が入っているのだろう、薄い唇はきゅっと結ばれている。
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