63人が本棚に入れています
本棚に追加
恋心の行方
ーーーー瘴気の渦の中心に魔王がいる。
「人間曰くで言う、魔王の復活は近い、のは確かだったんだ。でも、最近急に瘴気が濃くなって。今は、光の大精霊である母上が、結界を張って外に洩れない様に抑えてくださっているんだが••••」
俯いて悔しそうに唇を噛むリカルドは、己の無力さを痛感する。
半分は精霊の、それも浄化を得意とする光の力を引いていながら、魔人としての魔力も半人前、光の精霊としても、浄化も出来ない半端者の自分が嫌で堪らなかった。
出会ったばかりのエルディアーナにポツリともらす。
誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。
「わかってる。この瘴気は人間由来の物だ。だから母上も手が出せない。人が浄化をしなくてはならない決まりだからな」
リカルドは言う。
それが魔王の仕事だと言えばそれまでだけど、こんなにも苦しそうなのは初めてなんだ、と。
「善と悪のバランスが狂ってるんじゃないかって、ベルゼブブは言うが、光の浄化者は確かに産まれている筈なんだ」
エルディアーナはそっとリカルドの頭を撫でた。
小さな子供が泣くのを堪える姿が痛々しくて、胸が痛む。
この状況は、もしかしたらギルベルトならばわかっているのだろうか。
全てを聞いたわけじゃない。
ただ、シシリアはエルディアーナと同じ転生者で、この世界をゲームのお話の中と同じだと思っている、とだけ。
「私にどこまで出来るかわからないけれど、頑張るから。リカルドも一緒にやってみましょう?」
自分を無力だなんて、思って欲しくない。
使うのはエルディアーナの魔力。
リカルドには、引き出すのを手伝って貰おうと考える。
「だが、人間の浄化じゃないと、この瘴気は消えないってーーーーああ、そうか。エルディアーナは魔力過多で、なのに回路が細くて放出する量が少ないから、僕が横から引き出せばいいんだな!」
パァーっと、明るい表情になったリカルドにエルディアーナは静かに頷いた。
リカルドと向き合って両手を繋ぐ。
コツン、と額を合わせて目を瞑った。
まだ子供の時にギルベルトに教わった通りに。
ーーーーこれがリカルドの浄化魔力、光の精霊の力を開放する切っ掛けになればいいと願いながら、エルディアーナは自分の魔力がリカルドに流れて行くのを感じていた。
「ーーーーあ」
思わず、といった様子でリカルドが小さくもらす。
光る魔力がリカルドの中で膨張していく。
「じゃぁ、リカルド。魔王様に向けて放ってみて?」
リカルドは左手をエルディアーナと繋いだまま、右手を結界の中に腕を差し込んで、思いっきり放出した。
#####
意識が浮上していく中、キツイ香りにギルベルトはここがエルディアーナの側では無いことを思い出す。
一体何の臭いだ。記憶を探れば思い当たるが、嫌な思い出しかない。
噎せ返る香のにおいが部屋中に充満していて、こんな中で良く眠っていられたと思う。
部屋を動き回る気配に警戒して、まだ目覚めぬ振りをする。
「これだけ魅了の香を焚き染めれば、攻略が難しいギルベルトもイチコロよね。後は、香水に、飴も。補充出来て良かった!お陰で貢がせた宝石をかなり売ってしまったけど、ギルベルトが手に入ったんだし、まぁいいか。また貢がせればいいしね」
残念だが、この手の香はギルベルトには効かない。耐性があるからだ。姫精霊達からも、散々使われた経験もある。
ーーーーこの悪玉女。
ギリっと歯を噛みそうになるが、まだ目覚めた気配を悟らせる訳にはいかないので、何とか堪えた。
「後はあの邪魔な女よ。エルディアーナ。何よ、済ましちゃってさ。ゲームとはちょっと性格が違うけど、性悪には違いないし予定通り断罪しなきゃ。準備は住んだって言ってたし、断罪後は街の広場にでも捨てればいいわ。宝石の付いたドレスを着せて、鎖に繋いでおけばーーーーフフ、ああ、楽しみ!」
(ーーーーーーーーなんだと!?)
そんな事をすれば、宝石どころかドレスだって一晩ではぎ取られるぞ!
身ぐるみ剥がされた状態で、飢えた野郎共が放って置くわけ無いだろうが!
(性悪は一体どっちだ!)
シシリアは、スピリットドラゴンの件を、エルディアーナに罪をなすりつけて、断罪する計画を楽しそうに語る。
ノックの音で中断されたが、どうやら王太子がシシリアを、お誘いらしい。
シシリアは、言付けの侍女を一度下がらせると、ギルベルトの寝ているベッドへ腰掛けた。
「あんまりギルベルトばかり構っていたら、機嫌悪くなるかしら?あの女をどん底に叩き落とすまでは利用しないとだし、今は王子で我慢しなきゃね」
永遠にあの馬鹿で我慢しておけ。
ギルベルトがそう思っている事など露も知らず、シシリアはギルベルトの頬に触れると部屋を出ていった。
「ーーーー消毒したい」
消毒、浄化出来るエルディアーナはここには居ない。
先ずは居場所をーーーーと思った所で、闇の精霊がギルベルトの側にいる事に気が付いた。
そっと掌に乗せてやると、差し出された記憶の玉。
「チビ達が頑張ってくれたんだな。ありがとう、助かった」
人差し指で、闇の精霊の頭を撫でてやると、嬉しそうに笑って、エルディアーナからの駄賃なのか、金平糖を齧りだした。
その様子を微笑ましく見て、ギルベルトは記憶を読み解く。
「ーーーーリカルド、だと!?」
言わずと知れた、魔界の王子だ。
母親が光の大精霊で、ギルベルトにとっては親戚になる。
よりによってアイツとはーーーー。
ちょっと目を離しただけなのに、大きな虫が引っ付くとは!
確かに誘拐された時の対処として身の安全を優先しろと言ったし、地下牢にあのままいるよりはずっといい。
ーーーーが、なんでリカルドなんだ!
浄化を望むなら、確かにエルディアーナは適任だ。
だが、まだ時期じゃない筈なんだが••••
エルディアーナに全てを話しきれていないギルベルトは、少し前に喧嘩の理由になった事を思う。
喧嘩、と言うほどの物では無かったかもしれないが、言い合って、ギクシャクはした。
言いたく無かったのだ。
まるでヒロインの魂に惹かれたのは全てお膳だされた、ゲームの中の話に沿っているようで、癪だった。
エルディアーナの魂は、本来ならばシシリアの身体に入るはずだったのだから。
それに、ずっと『お兄様』のつもりでいたのだ。
女なんて、と何処か冷めた目で見ていたから、エルディアーナを女として見てしまうのが怖かった。
ーーーー本当は好きなクセして。
認めたくないのに、取られるのが嫌で、色々動いた事もあった。
あの時はエルが折れてくれたから、仲直りしたが、ギルベルトは自分を情けなく感じていた。
「横から攫われるなんて御免だなーーーー居場所は判明した。なら、迎えにいかないとな」
もう、ひれ伏して認める。降参だ。無条件降伏。
認めたなら、どっちつかずの気持ちも、態度も、格好が悪いだけだ。
肝心のエルはさっぱり気が付いてくれなさそうだがな。
それはそれで、もう、自分が手放す事は無い。
ーーーー本気でいくから、覚悟しろ、エルディアーナ。
起き上がり、部屋をみわたせば、なる程ギルベルトを閉じ込める為の布陣がわんさかとある。
大方あの陰険魔導師の仕業だろうが、ギルベルトには通じない。
あの男には、いずれ落とし前を付けさせて貰うぞ。
エルを傷付けた罪は重い。
「チビ達も行くか?行くなら捕まれよ?」
膨大な魔力を部屋中に叩きつけて、ギルベルトを閉じ込める魔法陣を粉々にすると、魔界へ向けて転移した。
最初のコメントを投稿しよう!