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満天の星空
粕谷が清華のマンションを出て木陰から見張っていると、案の定、タクシーを滑らせて大慌てで数人の大人が駆け込んで行くのが見えた。
深夜ともなると、もっと冷え込む。自分の腕をさすりながら、SNSをチェックした。手元のブルーライトが粕谷をほのかに照らす。
「おうおう、大騒ぎになってますよ。KIYOCAアカウント、もう発見されてます。すごいですね、ネット民は」
美華も粕谷のスマートフォンを覗き込んで、いたずらっぽく笑った。
「ありがとうございます、粕谷さん。いろんな所に迷惑をかけるかもしれないし、ファンもうんと減っちゃうかもしれないけど、これであの子らしく生きられるんじゃないかな」
美華は深夜の風にロングヘアをなびかせて、満天の星空を見上げた。
「いや。案外、ファンは増えるかもしれませんよ?」
粕谷は美華に画面を見せ、スクロールを進める。
そこには、驚きや心配の声に続き、一部には否定的な声がある中でも、美しき悪魔への大絶賛の声が圧倒的多数を占めていた。
「……なんだ、清華……。こんなに応援してくれる人がいるんじゃない」
美華はまた、ぐすんと鼻をすすり涙を拭って続けた。
「やっぱり人って、自分らしくいる方が数倍、魅力的なんですよね。ファンの方々にも伝わるんだなって思いました。あとのことは、きっと何とかなる。あの子は強いから。もう、思い残すことはありません」
美華のすっきりとした表情を見て、粕谷はスマートフォンをポケットに仕舞った。
「私も、KIYOCAさんを応援し続けます。もうがっちり、心掴まれちゃいましたので」
粕谷は美華の手を引いて、ゆっくりと歩き出す。街路樹が並ぶ歩道はいつしか何もない真っ白な空間へと変わり、道の終わりまで来た。
「さて、私も早いとこ成仏して、また素敵な人に生まれ変わりたいわ」
「ええ、それが一番です」
粕谷がふんわりと美華の手を離すと、笑顔でお辞儀をする美華は、徐々に無数の光の粒となって、夜風に紛れて消えていった。
美華が加わった満天の星空を見上げ、「美華さんのことも、ずっとファンでいますからね」と粕谷はぽつりと呟いた。
スマートフォンの中の大騒ぎとは裏腹に、静寂が広がる高級住宅街の夜道。遠のきながら響く粕谷の革靴の音が、こつこつこつとリズムを刻む──。
<完>
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