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おばさんの提案
そのひとは六花のかごを取り上げて下に置き、両手を両手で包んできた。あまりにも真剣なおばさんの表情に、六花はとてもびっくりして固まってしまう。
「どうしたの! いままで、どうしてたの? うちの哲司が『六花ちゃんが学校に来てない』って言うから、心配してたのよ? ちゃんと食べてるの? 少し痩せたんじゃない? お父さんはどうしてるの?」
矢継ぎ早の質問に、どう答えたらいいか困惑していると、
「つらいだろうけど、みんな心配してるのよ? 学校に行くのが怖いんでしょう? みんなの視線が怖いんでしょう? 大丈夫。哲司を朝、迎えに行かせるから。六花ちゃんをひとりでは行かせないから。明日の朝でも大丈夫? 急すぎるかしら。でも早いほうがいいわ。時間が経てば経つほど、行きづらくなっちゃうものなのよ?」
おばさんは本気で心配しているみたいだった。目に涙すら浮かんでいる。六花の両手を握りしめる手に、力がこもっている。六花はなにも言えなくなってしまった。
「父ちゃんが……父ちゃんが、もう少し落ち着いてから……。」
おばさんは、はっとした顔をして、六花に抱き着くと、背中まで包み込んだ。
「いい子ね。いままでがんばってきたのね。お父さんのことも心配よね。じゃあ、こうしよう。毎朝、七時半ぐらいに、哲司を六花ちゃんの家の前で少しだけ待たせるから。気が向いたら、いつでも出ておいで。こころの準備ができたら、いつでも。チャイムも鳴らさせないし、焦らせたりしないから。でもみんな、六花ちゃんの味方なのよ? それだけはわかっていてね。」
おばさんの身体の温かみが伝わってくる。泣いているのだろうか。身体は少しだけ、震えている。
おばさんが泣いていても、六花は少しも泣けないのだった。涙の井戸が枯れてしまったのかな。私はずっと泣かないのかな。お母さんのことが、大好きだったはずなのに。いまもこうして、大好きの大好きなのに。六花はそれが却って哀しかった。
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