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ついてないときに食べるもの
少し先の左手にあるスーパーに入るのは、ちょっと勇気がいった。ちょうど夕飯の買い出しの時間。知ってる誰かに会うかもしれない。
「よしっ。」
声に出して勇気を振り絞ると、入り口でかごを手にして中に入った。六花には買いたいものがあった。野菜売り場を素通りし、鮮魚のコーナーへ行くと、端から順に見ていく。
つやつやしたサーモンのお刺身のパックに、ちょっと惹かれる。六花が好きなやつ。透き通るように透明な鯛は、お母さんの好きなやつ。立派なまぐろのさくもあった。赤身のまぐろは、父ちゃんの好きなやつ。
美味しそうだな。食べたいな。と思ったけれど、六花は素通りして、ひんやりしたケースのなかを見ながら歩いていく。あった。たこぶつ。たこの比較的大きいパックを手に取り、かごのなかに入れる。六花はこれを買いに来たのだ。
「ついてないときには、たこを食ってやるんだ!」
父ちゃんの口癖だった。営業成績が振るわなかったり、トラブルを抱え込んでしまったときなどは、父ちゃんは帰りにたこぶつを買ってきた。
「なんでたこなの?」
六花が尋ねても、まともな説明は返ってきたためしがない。
「たこのやつを食ってやれば、つきが戻ってくるからだよ。」
「だから、なんでたこを食べると治るの?」
父ちゃんは、刺身皿に醤油を垂らしながら、
「六花は難しいことを言うようになったなあ。いいから六花も食べろ。つきが戻ってくるから。」
と言って、六花の刺身皿に醤油を注ぐのだった。だから、いまだに理由は不明。でも、父ちゃんが信じてるんだったら、それはそれで、つきが戻ってくるのかもしれない。よくわからないけど。
そんな訳で、六花はいま、たこを買いたかったのだ。たこを手に入れると、六花は鮮魚売り場を離れた。ずううっと畳の部屋で寝ている父ちゃんを、引っ張り出してやらなくちゃ。
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